愛は百薬の長

わんわんにのちゃんを愛でる @619O319

一等星の照らすその先を、

※自担結婚後のお気持ち表明ブログです。所謂お花畑的な要素を含んでいるかもしれないので、そういう考え方を受け付けない人はブラウザバックしてね!この記事を読んで嫌悪感、不快感を抱かれた際の責任は一切負いませんのでご了承ください。自衛大事。




ということで、5×20、11月23日大阪公演に参加してきたわけですけれども。


正直めちゃくちゃ不安でした。
結婚発表後、二宮くんに対する嫌悪感もなかったし、曲だって普段通り聴けたし、ぶいえすの3時間SPもお腹捩れるくらい笑ったし、二宮和也(既婚)ってやばくない?(いい意味)とか思ってたし、いつもと変わらずテレビの二宮くんを愛でてはいたけど。

口には出さなかったし出したら本当になりそうな気がして出したくもなかった。心のどこかで、自分を客観視してる自分が「コンサートを思い切り楽しむためにそう思い込んでるだけなんじゃないか」ってずっと言ってたんですよね。この一週間ずっと。



二宮くんと出会ってからもうかれこれ10年。そのうち8年はたったひとりの特別な存在、自担として、二宮くんのことを見てきました。

だからこそ、築いてきた思い出が、確かに重ねてきた時間が、わたしの身体と記憶に染み付いているからこそ、所謂「情」みたいなものがわたしの気持ちを支えているんじゃないかって、本当はずっともやもやしてました。大阪に着いても、ドームに着いても、会場内に入っても、心の奥のほうでずっとこの気持ちが消えなかったんですよね。


初めて、コンサートが開演するのが怖いと思いました。「大丈夫、いつもと変わらない熱量で二宮くんを応援できる」って言い聞かせてる自分が怖くて、カメラも画面も通さずに二宮くんを見たとき、前と同じ熱量で見ることができなくなっていたら、と照明が落ちた瞬間は何故か祈るような気持ちになって。

こんなときに限って、また席がいいんですよね。
どうやっても二宮くんが存在していることをこの目で認識できる距離。どう足掻いても、例え嫌でも、今日自分の気持ちに白黒ついてしまうなと思わざるを得ない距離でした。



で、結論から言うと。


涙が止まりませんでした。
いや、何なら開演してすぐ流れる映像の時点で泣いてたし、二宮くんの顔がドアップで映し出された瞬間だって泣きながら「顔が天才.......!」とやばいおたくなところを遺憾なく発揮してる自分にちょっと引きました。

そっからはもうStep and Goくらいまでずっと泣いてて。わたし、にのあい強火おたくなので、にのあいの歌うCメロ「君と出会えた世界の中で」が死ぬほど好きなんですけど、ここで相葉さんの「戦友であり大好きな親友」と記されたコメントが一気に頭の中を駆け巡ってしまって駄目でした。わたしの愛する自担は、本当に人に恵まれているみたいです。



あの日からあの直筆コメントをスクショしていつでも見られる状態にしているんですけど(重)、「この決断が後に、良かったと言ってもらえる様に、今日からも変わらず、そして来年以降も二宮和也は、頑張って参りますので、」の部分を何度も読み返してたんです。


わたしの知ってる二宮くんは、お金が好きで、飄々としていて、場の空気を読むのがめちゃくちゃに上手で、すぐ人のこと馬鹿にするのに何故か憎めなくて、食べ物も人も好き嫌いが激しくて、そしてアイドルなのに有り得ないくらい適当な嘘を平気でついちゃうような人です。

だけど、大事なことはちゃんと自分の言葉で伝えてくれて、嵐のことに関しては嘘なんてひとつもなくて、アイドルしてるときの二宮くんはファンに対していつだって誠実で。


だから、あのコメントを読んだときからずっと、わたしたちが思っている以上に頑張るんだろうなと思っていました。少なくともわたしの見てきたこの10年、わたしが二宮くん頑張ってるな、と思うより前に、ファンには見えないところで頑張る二宮くんの姿を知っているから。

どんなに腰が痛くても、ライトが当たっているときは絶対にそんな顔しなかった二宮くん。自分の身体に負荷がかかることを承知の上で、ジャンプアップをやめたいと言わなかった二宮くん。左利きなのに右手で包丁を持つ練習をして、怪我してたのに何も言わなかった二宮くん。沢山練習したのに、それを努力とは言わず当たり前だと言ってのける二宮くん。内臓脂肪がすごいことになって、お医者さんに死んでますよって言われてもそのことをずっと言わずに、正常値になってからわたしたちに教えてくれた二宮くん。


全部、わたしの大好きな二宮くんです。
いつだったか「嵐になって、初めて俺は人間になれた」と言っていたことがあったとどこかで聞きました。

アイドルは他の職業と比べて、やっぱりファンありきのものだってたぶん誰よりも知っている人だから、どんなに辛くても、どんなにしんどくても、ファンの前では絶対に笑顔でいてくれる。それは、需要がなくなってしまったらアイドルでいられなくなってしまうことを、自分が人間じゃなくなってしまうことを分かっているから。

アイドルじゃなくなることを、アイドル・二宮和也がいなくなることを一番恐れているのは、実は二宮くん自身なんじゃないかって最近思うんです。何となくだけど。

いつだってファンの気持ちに寄り添ってくれる二宮くんが、実は嵐の一番のファンを自称していることをずっと忘れてました。休止発表の日から言い続けてくれている「僕らはずっと嵐です」は、嵐のファンとしての二宮くんが一番欲しい言葉なんだよね、きっと。



直筆コメントが捏造だとかゴーストライターだとか言われたりしてるけれど、最初の一文「いつも応援してくれてありがとう。」だけは、絶対に本心だと思っています。だってそんなところで嘘つくような人じゃないから。


コンサートの二宮くんは間違いなく、宇宙一きらっきらのアイドルでした。自担はアイドルとして本当に信頼の置けるアイドルでした。

二宮くんの言う「頑張る」の一端に、"5大ドームでもう一度公演する中でアイドル・二宮和也が変わらないことをちゃんと見てもらうこと"が含まれているなら。二宮くんが最も人間らしくいられるコンサートでその覚悟と本気を見せるための、その最適解があのタイミングなんだろうな、と思ってわたしは勝手に納得しました。


嵐とファンにはいつも真っ直ぐで誠実な二宮くんが、めちゃくちゃに優しい顔で 果てない空 を、「嘘だらけの幸せより 素顔のまま微笑んでいよう」を歌うから、これが答えなのかもしれないと思いました。

今まで積み重ねてきた幸せの全部が全部、嘘だらけだったわけではないだろうけれど、もっと素顔に近い、嘘のない自分でステージに立つことを彼が望んだのなら、それを叶えてあげられるファンでいたいとわたしは思います。


「かけがえないものだけを 抱き締めて生きていけばいさ」と歌う二宮くんが、彼にとっての"かけがえないもの"を何一つ手放さないための、彼にとって最善の決断なのであれば、応援してあげたいし、わたしはまだ彼にとって"かけがえないもの"でありたいと願ってしまう強欲なおたくなので、こんなところで手放されるわけにはいかないんです。


最後の挨拶で、初めてコンサートを開催したときのことを語った二宮くん。「何年か経って、自分たちを応援してくれる人たち...だけで、ドームでコンサートができて」と珍しく真剣な顔で言ってくれたのが、ずっと頭から離れないんです。

集団行動が嫌いだった幼少期、いじめに慣れていると言わしめるまでになってしまった少年期を経た二宮くんの好きなタイプは「ずっと味方でいてくれる人」。それは彼がどこかでずっと孤独を感じていたことの証明かもしれないわけで。それを、あの空間だけでも、アイドルでいる間だけでも、少しでも拭ってあげられるのであれば、ずっと味方でいたい。


そして何より、最強で最愛の最高な4人と笑い合う二宮くんの笑顔が、やっぱりわたしにはどんな星よりも輝いて見えてしまって。色んなことがどうでもよくなってしまったんです。

誰に何を言われようと、こんな素敵な笑顔を見せてくれる人のことを応援できている時点で全然可哀想なんかじゃないし、何度も重ねて「みんなのおかげでここまで来れました」と言ってくれるひとに、愛されてないわけがないんです。


何をこんなに悩んでいたんだろう、と思うくらいのパフォーマンスを、クオリティの高いアイドルを、本気になった二宮くんに見せつけられてしまいました。二宮くんは、やっぱりどこに出しても恥ずかしくない自慢の自担でした。



5×20のセットリストの中に、One Love が入っています。

「世界中にただ一人だけ 僕は君を選んだ」

数多いるアイドルの中で、わたしが10年近くも惹かれて止まないのは、他の誰でもなく二宮和也その人です。

「ほら息を吸ってはいて。生きている。一歩一歩歩いている。ただそれだけでいい...」と歌う彼に命を掬い上げられた日から、わたしにとってたったひとりのヒーローは二宮くんなんです。


そんな唯一無二のヒーローが描く未来を、その先の夢を、人生を、ずっと見ていたい。わたしたちじゃなく、二宮くん自身が、あの決断を後に良かったと思えるような未来にしたいな。


これがわたしの当面の答えです。

アイドルになってくれた二宮くんに、最大級の愛と感謝込めて。