愛は百薬の長

わんわんにのちゃんを愛でる @619O319

21歳社畜ジャニオタがスタバ店員に恋して救われた話


今回はタイトル通りジャニーズ全然関係ない、完全自己満記事です。自己満記事なのでもしかしたらいつか消すかもしれないし消さないかもしれない。



さて、本題に入る前に改めて自己紹介しておきます。

名前 みづき
年齢 21(大学4年)
その他
嵐担10年選手の二宮担
大学2年のときに始めたバイトの社畜
社員並にシフト入れられている完全社畜

今回はそんなわたしが、色々あってよく行くスタバの店員さんに恋して勝手に救われた話です。
彼にはずっとお礼を言いたかったのですが、もう言える機会がなさそうなので文字に起こします。


もし心当たりのある地方のスタバ店員さんがいたら、このことは心にそっと閉まっておいてください。




今年の夏。というか正確に言うと夏前。
わたしはバイトと就活に板挟みにされていました。


2年生のときにホール勤務で入ったカフェのバイトでしたが、当時から万年人手不足のような店舗で、まあ2年も働いているとベテランですよね。

今年の夏で、働いている長さ的には上から3番目くらいになってしまって。うちのお店はカフェの店舗が2店舗あって、そのどちらにも店長がいるので、その2人を除けば実質トップ。そういう役職はないにしろ、バイトリーダー的な扱いをされていました。
この話は少しだけ彼にも話したことがあります。


元々ホールで入ったと書きましたが、去年の秋〜冬にかけて何故か流れでキッチンもすることになりました。これは本当に謎。

実家暮らしなので料理は殆ど母に任せていましたし、キッチンとは無縁の生活をしていた21歳女子、バイト先でやることになったキッチンに悪戦苦闘。それでも何とか形にして、お客様に提供できるクオリティのものが出来るようになり、4年に進級する頃にはわたしひとりで店を回すこともしばしば。



そんな中就活も始まってしまい、5月にはお店のほうも平日はひとりでお店のオープンからクローズまでをこなすようになり、就活も相まって体力的にも精神的にも結構参っていた気がします。


そして6月のある日。事件が起こります。
この日も朝から夜までひとりのシフトで、結構忙しくしていたのですが、お昼すぎくらいにかき氷を作っていたら、突如ブレーカーが落ちてしまったんですね。

ブレーカーの位置は聞いたことがないので知らないし、というかわたしは普通に勤務してただけで何もしてないし、でもお客様はざわついているのでとりあえず「失礼しました」とお詫びして、近くの姉妹店にいた店長に電話して来てもらいました。


で、その店長が店に着くなりわたしに言ったんです。

「何しよったん?」

って。いや、いやいや、何しよったってわたし、普通に勤務してただけですけど。普通にかき氷削ってただけですけど。ていうかそれ、元々ホールで入ったのに人手不足だからってキッチンやらせて、出来るようになったからって店をひとりで回させてるバイトに言うセリフですか??


まあ、姉妹店も忙しかったんだろうし、店長も休みなく働いてるの知ってるから何も言えなかったですけど。この日はとりあえずしんどかった。



で、こういうしんどいことって何故か続くんですね。
実は6月の初めに新しくバイトが入ってきてくれていて、その子たちの教育係もやってたんですけど、これが地味に大変で。


何が大変かって、うちの店の店長(さっき出てきた店長とは別の店長です)がめちゃくちゃ気分の人なんですよね。仕事は出来るんだけど。

そんな店長のもとで、自分の仕事(接客、レジ、洗い物)をこなしながらホールの新人ちゃんたちに仕事を教えて、その子たちがミスして怒られたら萎縮しちゃうからとフォローもして、もうてんやわんや。

なのに店長には「みづきちゃんキッチンも出来るんじゃけぇ、ホールとキッチン半々くらいの気持ちでやって!」って怒られるんですよ。

いや、新人ほぼ何も出来ないから.......と思いつつ、仕方なくキッチンに入ったら入ったで、キッチンでも「遅い」とか怒られるんですよね。そりゃあんたは専門出てるからな!こちとらただの学生やぞ!と思ったりしてたら新人ちゃんがミスって結局またわたしが怒られるんですよね。


こんな感じの無限ループだった夏前。
そんなこんなで、ジャニオタの皆さんにはおなじみ、MUSIC DAYの前日に蕁麻疹が出てしまいまして。
病院行ったらストレス性かもですね〜って言われて、そりゃそうだわ(笑)と思いました。



でもシフトは待ってくれないので、いかに日々のストレスを軽減させていくか。そこで辿り着いたのがスタバだったんです。めちゃくちゃ安直ですが、甘いものを摂取しよう!と思って。


バイト帰りに必ずスタバに寄る習慣をつけたら、結果的に週5〜6でスタバに行くようになりました。

そんなスタバ通い生活(?)の中で、出会ってしまったんです。彼に。第一印象はめちゃくちゃ穏やかそうな人だな〜でした。

髪の毛はふわふわで、話し方も丁寧で穏やか、ちょっと抜けてるところがあって、スタバの緑のエプロンが死ぬほど似合う男の子。最初は好きとかじゃなくて、ほんとに癒しだな〜って思って見てました。


そしたらある日、その子が茶髪から黒髪に変えてて。
興味本位で話しかけたんです。

「何か雰囲気変わられました?」って。
「えっ僕ですか?」ってびっくりされてたけど、
「就活とかですか?」って聞いたら、
「そうなんですよ〜 それで不安になりながら来ました」って。


黒髪にしたことを不安になりながら来たのも可愛いし、それを常連とはいえあんまり話したことない同世代の女性客に言うのも何か抜けてて可愛いし、とにかくこの日、間違いなく恋に落ちてしまいました。

が、冷静に考えてわたしが逆の立場だったらめちゃくちゃ怖いな!と思ったので、この日は雨の中「いやさすがに踏み込みすぎたやろ.......」と自責しながら30分以上かけて徒歩で帰りました。この時点で重いな?



そこからは彼目当てにほぼ毎日通い詰めて、他の店員さんにも顔と商品覚えられて、彼にも話しかけてもらえるようになって.......楽しいスタバライフを過ごしてました。


(この間も蕁麻疹で病院に通っていたのですが、例の店長に病院に通っていることを言うと「まだ病院行っとるん?!」と言われたり、教えられてもない&わたしが知る由もないことをできてなかったら「ずっと言おうと思っとったけど、ほんとに気が利かんよね」と言われたり、ご飯に連れて行ってもらった(少しわたしも払ったけど)翌日にお礼がないことに関して「そういうのが出来ん子だなと思ったけぇ、誘いたくなかったんよ」と言われたりしていましたが。)(思い返すと酷いな。)


ていうか店長酷すぎて、この時期ほぼ毎日何かしらの鬱憤ともやもやを抱えていたので、毎日辞めたいと思っていたし、家でめちゃくちゃキレてたし、そんな自分も嫌で情けなくて泣いてたし、でも辞めたら後輩たちに被害が行くのは明白だったので辞めるに辞められなかったし、地獄でした。


でも、スタバに行くと彼だけはいつも言ってくれたんです。

「今日もお仕事だったんですか?」
「お疲れ様です」
「ゆっくり休んでくださいね」

って。あのふにゃふにゃの優しい笑顔で。
もはや彼に会いたくてバイトに出てました。


夏にいつも頼んでいたカスタム、ホワイトモカシロップ変更とチョコソース変更のキャラメルマキアート

いつか「いつもこれですよね、お気に入りなんですか?」って聞かれたことがあって。
「めちゃくちゃ甘いんですけど、疲れた体に染み渡ります!甘いのが!」って言ったんですけど、わたしが癒されてたのは間違いなく彼ですし、疲れた体に染み渡ってたのは彼の「お疲れ様です」でした。



バイトが忙しいか聞かれたこともありました。
働き始めた当時、友達に言ってもみんな知らなかったようなちょっと隠れ家的なお店なのに、お店の名前を言うと「ああ!わかります!」と言われたので勢いで「ぜひいらしてください!」って言ったら「はい〜」って言ってくれて、その日からはいつか来てくれるかもとバイトがちょっぴり楽しくなりました。



秋になって、また店長に理不尽に怒られたことがありました。もやもやしながらスタバで過ごしていたら、わたしの近くのテーブルを拭きに来た彼と目が合って「今日もお仕事だったんですか?なんかほわぁ〜っとされてたので」と言われて、もやもやがほわぁ〜になって、心が軽くなりました。



空気が冷たくなり始めた頃、休憩中、レジに並んでいた彼と目が合って「今日は元気ですか?」と聞かれたことがありました。連勤が終わったと思ったらまた連勤が始まったことを伝えると「なんでそんなに働くんですか?」って聞かれたり、帰ろうと思って席を立ったらダストボックスのところでわざわざ待ってくれていて、明日も来ますと伝えたら「じゃあ明日もお待ちしてます」と笑顔で言ってくれました。


次の日もバイトが忙しくてへとへとになってスタバに行きました。寒くなってきたので、温かいものでオススメありますか?と聞いたら「甘いのお好きでしたよね?ホワイトモカとかどうですか?」とオススメしてくれました。カスタムするかも聞かれたのでそれもオススメを聞くとチョコソースを勧められたのでそうしたら、「じゃあチョコをチョコっとかけときますね!」って笑わせてくれました。(これに関して本人は「そんなつもりじゃなかった」と言っていましたが)


ほかにも、わたしがいつもテイクアウトするものを覚えていてくれたり、いつもと違うものを頼むと珍しいですねと話しかけてくれたり。



ほんとうに、毎日の癒しで、心の支えでした。
地獄のようなバイトを乗り切れたのは、辞めずに頑張れたのは、彼の笑顔に会いたかったからです。

不純な理由だと思われても仕方ないけれど、間違いなく彼はわたしの支えでした。



お礼を言いたかったのにタイミングが掴めないからと思って書いた手紙は、お財布のポケットに入ったまま4ヶ月が経ちました。

ほんとうに大好きでした。
4ヶ月お財布に入りっぱなしの手紙は、きっと今渡すと困らせてしまうだろうから。



ほんとは現在進行形なこの気持ちを、頑張って過去形にするので、どうか、わたしを救ってくれたその笑顔で、いつまでも笑っていてください。

その優しい笑顔で、お客さんだけじゃなくて、あなたの大切な人も笑顔にしてあげてください。
来年の就活も、その先の人生も、何もかも。ずっと応援しています。


わたしのいちばん辛かった夏を救ってくれて、ほんとうにありがとうございました。

【ノリで生きてる二宮担の】#ジャニオタと就活


2019年もあっという間に年の瀬。
カウコンのあの可愛いイノシシのぬいぐるみを乗せた二宮くんからもう1年経つの、驚きません??

そりゃもうわたしも大学卒業間近なわけだ。(卒業できれば)
ということで、今回は1年のときからずーーーーっとやりたかったジャニオタと就活の記事をば。




まずはわたしのスペックから。
・もみじ饅頭の県の女子大生
・専攻は日本文学(数学は中2で躓いた根っからの文系てへぺろ
・偏差値大体52-55くらいの学科
・免許系は運転免許含め未所持
・「2019年最新実就職率ランキング」で卒業者数1000人以上の大学で全国6位(になったらしい)

です。

余談ですが数学は割と本気で壊滅的。中2の二次関数で躓いてからはからっきしで、当時の担任の先生(国語科)に三者面談で「根っからの文系脳だから数学は赤点取らない程度に頑張って」と言われ、高校のテストでは数学と古典の点数差が最高60点。ちなみに数学39点で古典99点。理系の皆さんは盛大に笑ってくれ。


今の大学を選んだ理由としては
・国語教員になりたかったため、教免が取れてかつ採用率が高い大学に入りたかった
・高校から女子校だったので女子大に抵抗がなかった
・教採のみではなく就職率自体が高く、進路変更するにしても安牌かなと思った
・尊敬していた先生が同じ大学出身だった
というまあありがちな理由になります。



お待たせしました。ここから本題です。
実際の就職活動について。
21卒からは就活ルールが撤廃になるので動き方も変わるかもしれませんが、ちょっとでも未来のジャニオタ就活生のみんなの参考になればいいな!



2018年 9月
・夏のインターンに初めて参加する
某大手旅行会社の1dayインターンに参加しました。
インターンは面接直結とか言われてるけど、結果論(わたしの体感として)で言うと、1dayインターンは面接直結とかほぼないです。

たぶん長期インターンとかはそういうのあるのかなと思うけど、わたしは社畜だったので参加しませんでした!もしこの時点で行きたい企業がある程度絞られていて、その企業が長期インターンをやっているようなら参加したほうがいいよって印象。



で、この時点で行きたい企業はまだ決まってないけど、業界はある程度決まってるよ〜って人もいると思うんですよ。そういう人はその業界の1dayインターンに参加するといいかもしれません。1dayインターンって、ほぼ企業説明会みたいなものなので、思ってた感じと違うとか、わたしのやりたいことはこういうことじゃないんだよな〜とか全然ありました。要は業界研究みたいな。

ぶっちゃけると上に書いた某大手旅行会社のインターンも、参加してみたはいいけどこれはわたしに向いてないなって思ったやつでした。




2018年 10月〜2019年 1月
・ほぼ何もしてない期間
マイナビとかリクナビとかで色々見て業界とエントリーする企業をざっくり決めてはいたけど、バイト先がケーキ屋なので年末忙しくてそれどころじゃなかったのが本音。あと1月はライブあったしそれどころじゃなかった。嵐、年末年始忙しすぎない?大丈夫?




2019年 2月
・冬のインターンに参加する
エントリーしたい企業のインターンが地元であったので参加しました。ここでやっと黒染めもしました。この冬のインターンに参加した感じ、業界のイメージは思っていた通りだったので、この業界で就活をすることを決意。


正直この時点で内々定貰ってる子とかいたし、もしかしてわたし出遅れてる?と思ったりしてましたが、わたしの就活の軸として「絶対にブラック企業に入りたくない」「就職してまでサービス業はしたくない」というのがあったので、そういう雑念は頑張ってシャットアウトしてました(笑)


20卒までは経団連が定めた就活ルールがあって、3月に説明会解禁、6月に面接解禁というある程度のルールがあったのでそれに則ってない企業はエントリーする気すらなかったです。そういう企業は大体人手不足のサービス業が多いイメージもあったし、振り返ってみると土日祝休みの企業は大体ルール通り採用活動してました。


ただ、どうしても内々定欲しい!とか内々定あったほうが伸び伸び就活できる!みたいな人は、駒として持っとくのは全然アリだと思います。
そうじゃなければSPIの対策を詰めたり、ESの添削とかしたりしたほうがいいかも。さすがに何もやってないと変に焦るので。



ちなみに、3年生の夏~冬にかけては合説がめちゃくちゃ開催される時期ですが、わたしはひとつも参加しませんでした。なぜなら、バイト先の先輩が

・合説は色んな企業が来ているため、行きたい業界や企業が決まってないとどこに行けばいいのか迷う
・決まっていたとしても人が多すぎて結局目当ての企業の説明が聞けないことがある

と仰っていたので、それもそうかと思ってバイトに勤しんでいました。(おい)




2019年 3月
・個別説明会に何社か行く
就活ルールに則っている企業は3月に説明会が解禁になります。無駄な動きをなるべきしたくなかった(というかバイトに出てお金稼ぎたかった)ため、3月に説明会に行った企業は3社。文系の癖にパソコンだけは得意で、違法多ステをどうにかしたい!→それ関連のシステム(顔認証システムとか)を自分で設計できるようになればいいのでは?という半ば執念のような熱意だけで2月にはシステム系一本で就活することを決めていたので、全てシステム系です。


・ES提出、SPIを受ける
ESは提出と言ってもわたしのエントリーした企業は全てOpenESだったので、履歴書用の証明写真撮るの面倒くせ〜、カメラあるし家で撮ればいいか!と思い、家で撮りました(雑)。でもみんなちゃんとしたとこで撮ってたからたぶんそのほうがいいです。でも高いんだもん。


ESは文系なので大したことなかったんですけど、本気で困ったのがSPI。中2で躓いてその後は赤点回避レベルの勉強しかしてなくて、数学とかウン年振りに触れたよ?!な文系学生にとってSPI、特に非言語はマジで鬼門でした。文系なので推論とかはまだ大丈夫、しかし速度の計算、確率、その他諸々の高校レベルの数学、お前らは許さん。



人気企業ほど最初のSPIで足切りみたいなことやってくるので、やることがなかったらとりあえずSPIの対策をしましょう。やっといて損はないから。
ちなみにわたしがエントリーした3社のうち1社はSPIでお祈りされてめちゃくちゃ後悔しました。




2019年 4月
・特に何も無い期間
いやたぶんもっと沢山エントリーしてる子たちは忙しくしてたんだと思うんですけど、4月の半ばくらいにSPIでお祈りされた企業からのお祈りメールを頂いたので、この時点でわたしの持ち駒は2社。
幸いなことに2社とも面接の予定があったので、持ち駒を増やすか否か考えながらバイトしてたら4月が終わりました。


この時期に内々定貰ってる子もいたにはいたけど、文系でシステム系の企業受ける子が周りに全然いなくて、同じ業種受けてるライバルの動向が全く分からなかったので逆に焦ることなくのほほんと過ごしてましたね。その分、今から受ける2社の企業研究したり、面接の傾向とかシミュレーションはしてました。




2019年 5月
・一次面接(1社)
個人的に就活始まったな〜と思った5月。終わり頃に、初面接を受けました。たぶん人と比べたらめちゃくちゃ遅いと思う。でも就活ルールに則ってる企業を受けようと思っていたので、この時期に面接を始めるのはなかなかホワイトな印象を受けました。

ちなみにこの企業は結果的にお祈りされたんですけど、SPIから一次面接まで担当してくださった採用担当の方がめちゃくちゃいい人でした。




2019年 6月
・一次面接/最終面接/内々定
6月に入ってから面接解禁してるこの企業がわたしの第一志望の企業だったので、意気揚々と面接に行きました。無事最終面接への切符を手にしたので最終面接で本社のある東京へ。


ここだけの話ですが、交通費は支給でしたし、お昼過ぎには面接が終わるという話だったので、1泊して面接の日はアフター6でディズニーランドへ、次の日は1dayでディズニーシーへ行きました。


ディズニーシー満喫中、アラビアンコーストをうろついていたら大学のキャリアセンターから「就活の状況はどうですか?」と電話がありましたが、最終面接の手応えがめちゃくちゃにあったので「決まりました」と報告しといた(おい)。わたしは無事に決まったので良かったけど、決まらなかったら大事になるのでみんなは嘘つくのやめようね。




そんなこんなで6月の半ばにわたしの就活は終わりました。春からはシステム系の営業として、二宮くんに貢ぐお金をバリバリ稼いでいきます。ちなみに今は営業に不可欠な運転免許取得のため、車校に通う毎日を過ごしています。


で、ここから質問コーナー!!ましゅまろくれたフォロワーさんありがとうございます!ちょっとでも参考にしてくれたら嬉しいです。


わたしから言わせてみれば2年生でそこまで考えてるの、偉すぎます.......(笑)!
2年のときのわたし、来年のこの時期からは就活か〜とかは思ってたけど、それより、じゃあ今しか遊ぶ時期なくない?と思って全然遊び呆けてました!3年生になるまでは遊んで大丈夫だと思います!
それでも不安だったらSPIはやって損がないのでSPIの対策したり、卒論があるなら卒論のことをざっくりでも考え始めておくと、3年生になったときに人より就活に時間が割けるかなと思います。


業種とかやりたいことの絞り方は、みんな躓くとこですよね。わたしの場合、最初はやりたいこと、よりは絶対にやりたくないこと、絶対に自分には向いていないこと、から消去していく消去法でざっくり絞りました。
例えば、土日祝出勤は嫌だからサービス業だけは絶対にやりたくないとか、検定とかの勉強大変そうだから金融系は嫌だとか(笑)2年生の段階だったら、ほんとにざっくり好き嫌いで見てても全然大丈夫だと思います〜!


ちなみに2年のときは出版系いいなとか思ってたけど、結局システムに落ち着いたのでそんなもんです。



来年度から現役就活生!頑張ってください.......!

・最近もはや何をしたらいいかわからない
・これだけはやっとけ
これは誰が何と言おうとSPIです(笑)!
何度も言うようだけど、SPIだけはマジでやってて損がない!面接対策とかガチガチにやっても、聞かれない質問とか全然あるし、逆にこんなこと聞かれる?!みたいな質問も全然あるので、とにかくやるとしたらSPI一択です。SPIの出来で就活だいぶ決まる気がします。


・SPIスピードを上げる方法
こればっかりはひたすらやるしかないです.......
言語のほうは暗記すればいいけど、非言語のほうはわたしも全くスピードが上がらなかったので、とにかく問題に慣れるしかなかったのかな〜と。


・企業とか選ぶときの軸
・もはや業界どうやって決めたか
企業選びの軸、わたしはざっくり「地元に残りたいか否か」「土日祝出勤の有無」「仕事内容が自分に向いてそうか/頑張れそうか」「福利厚生」あたりで考えてました。実家に残る前提で就活してたので、給与は結構二の次でしたね。勿論ボーナスや昇給はあるとこにしましたが。

業界は、それこそ「仕事内容が自分に向いてそうか/頑張れそうか」で決めたところが大きかったです。
21卒の就活生の方であれば何となくお気づきかなと思うんですけど、業界も職種も仕事内容も、わたしたちが思っているよりめちゃくちゃ沢山あって、知ってる職種でもわたしたちの知らない仕事内容がきっとある。
そう考えたときに、好きなことを仕事にして、挫けて、怒られて、落ち込んで、好きなことが嫌いになってしまうのがわたしは嫌で。文字を書くのが好きだから出版系とか、旅行好きだし旅行会社とか思ってた時期もあったけど、好きなこととか趣味って、将来挫けたときの拠り所として無くしたくなかったので、そこそこ好きで、でもなくなっても大丈夫で、趣味や生活のためなら頑張れそうっていう丁度いいところを探して決めました。


・就活のマナーって何で知りましたか
就活マナーは学校のHRみたいな時間に、HR委員が善意でビデオを流してくれたのでそれをぼんやり見ました。メイクとかは完全に自己流で、いつもより薄くするか〜くらいにしか思ってませんでした。髪型はローポニーかハーフアップにしてました。

面接マナーもビデオを見ましたが、それ通りの面接が行われるわけじゃないし、面接会場の作りとかビデオと全然違うしで役に立ったかと言われると微妙です(笑)敬語は勿論ちゃんとしなきゃいけませんが、鞄を椅子の下に置こうと思ってたら、そちらの机にどうぞ〜って言われたりしますし。就活マナーは敬語と挨拶が出来てれば大丈夫だと思います!


インターンどのくらい行きましたか
わたしは3年の9月に行った1社しか行ってないです。
その1社も、1dayに参加しないと長期インターンに行けない仕様だったので行きましたが、1dayに参加したらしたで何か違うなと思ったので結局長期インターンには行きませんでした。でも、行きたい企業が決まってるなら長期インターンは絶対行った方がいいです。


・嵐さん供給過多すぎて、どう付き合っていくか
売れっ子アイドルって罪ですよね(笑)
結果論として、わたしは全部リアタイしてました。息抜きって絶対に必要ですし、根詰めてやったところで結局嵐が気になって集中できなかったら意味ない気がしますし。それでも不安であれば、生放送はリアタイするとか、しやがれだけはリアタイするとか、自分が苦しくない程度のルールを決めたりしたらやりやすいかもしれないです。



具体的な仕事内容はまあシステム系の営業です。
営業と言っても、保険みたいな飛び込み営業ではなくて、既存顧客に対してその時々に応じた弊社のシステムをご提案するという形なので、新規開拓は(わたしの所属する部署は)あまりないらしいです。
あとは既存顧客のご所望のシステムを、お話の中から汲んで、システムエンジニアの方と相談しながら設計していくことが主な仕事になります。仕事相手はほとんど公官庁だと聞いています。


会社を選んだ理由は、地元で働くことができて、土日祝が休みで、自分のやりたいことに近い仕事ができて、給与がシステム系の中では中の上くらいで、福利厚生が手厚くて、働き方改革を積極的にしていること、何より面接の雰囲気がめちゃくちゃ良かったからです!



圧迫面接はなかったです(たぶん)
学生1対企業側4みたいな面接はありましたが、答えにくい質問やこちらの意見に対する反論のような面接はなかったです。ただ、わたしは周りの大人にも肝が座っていると言われるので、わたしがそう感じなかっただけで他の人にとっては圧迫面接だと感じるような質問も、もしかしたらあったのかも。


GDや面接の練習は全くしませんでした。
上にも書いたように、肝が座っているらしいので大丈夫かなと思ったのが主な理由です。
あと、高校の頃から大学2年の夏までスーパー転職マンだったので2年間で(バイトですが)5回以上面接を受けていましたし、大学入試でも面接の経験があって、面接に苦手意識がなかったのは大きいです。

人前で話すことが苦手だったり、面接に不慣れだったりするのであれば、応対の練習というよりは面接の雰囲気に慣れる意味で練習したほうが本番でパニックになりにくいかな〜って感じです!


学部の専攻の話は聞かれました。
ただ、わたしは文系なのに理系の多いシステム系を受けていたので「文学部なのにどうしてこの業界なのか」、「文学部で学んだことが弊社でどのように生かせるか」とかはよく聞かれてましたね。


あとガクチカ、難しいですよね.......!わたしも特に頑張ったことがないタイプの学生なのですが、ほぼ活動してないサークル活動のことは言ってました(笑)
大学4年間続けたこともこのブログくらいしかなかったのでブログのことも言ってましたし、バイトのことも言ったりしてました。話は盛ってもバレないので、盛っても大丈夫です。




というわけで、20卒二宮担のジャニオタと就活はこんな感じでした。


就活って、始まるまで何かわからないけど不安だし、ちゃんと内定出るかな?ってなるけど、意外と何とかなりますし、終わってみれば楽しかったな〜とも思います。

わたしは不安になったときは親に励まして貰ってましたが、どうしても不安なときは自担見たりして精神を安定させて、それでも不安だったらわたしのましゅまろに入れといてくれたら全力でフォローしますので!



未来のジャニオタ就活生のみんなが、就活で後悔しないことを祈ってます。立派な社会人になって自慢の自担に貢ごうね!!

一等星の照らすその先を、

※自担結婚後のお気持ち表明ブログです。所謂お花畑的な要素を含んでいるかもしれないので、そういう考え方を受け付けない人はブラウザバックしてね!この記事を読んで嫌悪感、不快感を抱かれた際の責任は一切負いませんのでご了承ください。自衛大事。




ということで、5×20、11月23日大阪公演に参加してきたわけですけれども。


正直めちゃくちゃ不安でした。
結婚発表後、二宮くんに対する嫌悪感もなかったし、曲だって普段通り聴けたし、ぶいえすの3時間SPもお腹捩れるくらい笑ったし、二宮和也(既婚)ってやばくない?(いい意味)とか思ってたし、いつもと変わらずテレビの二宮くんを愛でてはいたけど。

口には出さなかったし出したら本当になりそうな気がして出したくもなかった。心のどこかで、自分を客観視してる自分が「コンサートを思い切り楽しむためにそう思い込んでるだけなんじゃないか」ってずっと言ってたんですよね。この一週間ずっと。



二宮くんと出会ってからもうかれこれ10年。そのうち8年はたったひとりの特別な存在、自担として、二宮くんのことを見てきました。

だからこそ、築いてきた思い出が、確かに重ねてきた時間が、わたしの身体と記憶に染み付いているからこそ、所謂「情」みたいなものがわたしの気持ちを支えているんじゃないかって、本当はずっともやもやしてました。大阪に着いても、ドームに着いても、会場内に入っても、心の奥のほうでずっとこの気持ちが消えなかったんですよね。


初めて、コンサートが開演するのが怖いと思いました。「大丈夫、いつもと変わらない熱量で二宮くんを応援できる」って言い聞かせてる自分が怖くて、カメラも画面も通さずに二宮くんを見たとき、前と同じ熱量で見ることができなくなっていたら、と照明が落ちた瞬間は何故か祈るような気持ちになって。

こんなときに限って、また席がいいんですよね。
どうやっても二宮くんが存在していることをこの目で認識できる距離。どう足掻いても、例え嫌でも、今日自分の気持ちに白黒ついてしまうなと思わざるを得ない距離でした。



で、結論から言うと。


涙が止まりませんでした。
いや、何なら開演してすぐ流れる映像の時点で泣いてたし、二宮くんの顔がドアップで映し出された瞬間だって泣きながら「顔が天才.......!」とやばいおたくなところを遺憾なく発揮してる自分にちょっと引きました。

そっからはもうStep and Goくらいまでずっと泣いてて。わたし、にのあい強火おたくなので、にのあいの歌うCメロ「君と出会えた世界の中で」が死ぬほど好きなんですけど、ここで相葉さんの「戦友であり大好きな親友」と記されたコメントが一気に頭の中を駆け巡ってしまって駄目でした。わたしの愛する自担は、本当に人に恵まれているみたいです。



あの日からあの直筆コメントをスクショしていつでも見られる状態にしているんですけど(重)、「この決断が後に、良かったと言ってもらえる様に、今日からも変わらず、そして来年以降も二宮和也は、頑張って参りますので、」の部分を何度も読み返してたんです。


わたしの知ってる二宮くんは、お金が好きで、飄々としていて、場の空気を読むのがめちゃくちゃに上手で、すぐ人のこと馬鹿にするのに何故か憎めなくて、食べ物も人も好き嫌いが激しくて、そしてアイドルなのに有り得ないくらい適当な嘘を平気でついちゃうような人です。

だけど、大事なことはちゃんと自分の言葉で伝えてくれて、嵐のことに関しては嘘なんてひとつもなくて、アイドルしてるときの二宮くんはファンに対していつだって誠実で。


だから、あのコメントを読んだときからずっと、わたしたちが思っている以上に頑張るんだろうなと思っていました。少なくともわたしの見てきたこの10年、わたしが二宮くん頑張ってるな、と思うより前に、ファンには見えないところで頑張る二宮くんの姿を知っているから。

どんなに腰が痛くても、ライトが当たっているときは絶対にそんな顔しなかった二宮くん。自分の身体に負荷がかかることを承知の上で、ジャンプアップをやめたいと言わなかった二宮くん。左利きなのに右手で包丁を持つ練習をして、怪我してたのに何も言わなかった二宮くん。沢山練習したのに、それを努力とは言わず当たり前だと言ってのける二宮くん。内臓脂肪がすごいことになって、お医者さんに死んでますよって言われてもそのことをずっと言わずに、正常値になってからわたしたちに教えてくれた二宮くん。


全部、わたしの大好きな二宮くんです。
いつだったか「嵐になって、初めて俺は人間になれた」と言っていたことがあったとどこかで聞きました。

アイドルは他の職業と比べて、やっぱりファンありきのものだってたぶん誰よりも知っている人だから、どんなに辛くても、どんなにしんどくても、ファンの前では絶対に笑顔でいてくれる。それは、需要がなくなってしまったらアイドルでいられなくなってしまうことを、自分が人間じゃなくなってしまうことを分かっているから。

アイドルじゃなくなることを、アイドル・二宮和也がいなくなることを一番恐れているのは、実は二宮くん自身なんじゃないかって最近思うんです。何となくだけど。

いつだってファンの気持ちに寄り添ってくれる二宮くんが、実は嵐の一番のファンを自称していることをずっと忘れてました。休止発表の日から言い続けてくれている「僕らはずっと嵐です」は、嵐のファンとしての二宮くんが一番欲しい言葉なんだよね、きっと。



直筆コメントが捏造だとかゴーストライターだとか言われたりしてるけれど、最初の一文「いつも応援してくれてありがとう。」だけは、絶対に本心だと思っています。だってそんなところで嘘つくような人じゃないから。


コンサートの二宮くんは間違いなく、宇宙一きらっきらのアイドルでした。自担はアイドルとして本当に信頼の置けるアイドルでした。

二宮くんの言う「頑張る」の一端に、"5大ドームでもう一度公演する中でアイドル・二宮和也が変わらないことをちゃんと見てもらうこと"が含まれているなら。二宮くんが最も人間らしくいられるコンサートでその覚悟と本気を見せるための、その最適解があのタイミングなんだろうな、と思ってわたしは勝手に納得しました。


嵐とファンにはいつも真っ直ぐで誠実な二宮くんが、めちゃくちゃに優しい顔で 果てない空 を、「嘘だらけの幸せより 素顔のまま微笑んでいよう」を歌うから、これが答えなのかもしれないと思いました。

今まで積み重ねてきた幸せの全部が全部、嘘だらけだったわけではないだろうけれど、もっと素顔に近い、嘘のない自分でステージに立つことを彼が望んだのなら、それを叶えてあげられるファンでいたいとわたしは思います。


「かけがえないものだけを 抱き締めて生きていけばいさ」と歌う二宮くんが、彼にとっての"かけがえないもの"を何一つ手放さないための、彼にとって最善の決断なのであれば、応援してあげたいし、わたしはまだ彼にとって"かけがえないもの"でありたいと願ってしまう強欲なおたくなので、こんなところで手放されるわけにはいかないんです。


最後の挨拶で、初めてコンサートを開催したときのことを語った二宮くん。「何年か経って、自分たちを応援してくれる人たち...だけで、ドームでコンサートができて」と珍しく真剣な顔で言ってくれたのが、ずっと頭から離れないんです。

集団行動が嫌いだった幼少期、いじめに慣れていると言わしめるまでになってしまった少年期を経た二宮くんの好きなタイプは「ずっと味方でいてくれる人」。それは彼がどこかでずっと孤独を感じていたことの証明かもしれないわけで。それを、あの空間だけでも、アイドルでいる間だけでも、少しでも拭ってあげられるのであれば、ずっと味方でいたい。


そして何より、最強で最愛の最高な4人と笑い合う二宮くんの笑顔が、やっぱりわたしにはどんな星よりも輝いて見えてしまって。色んなことがどうでもよくなってしまったんです。

誰に何を言われようと、こんな素敵な笑顔を見せてくれる人のことを応援できている時点で全然可哀想なんかじゃないし、何度も重ねて「みんなのおかげでここまで来れました」と言ってくれるひとに、愛されてないわけがないんです。


何をこんなに悩んでいたんだろう、と思うくらいのパフォーマンスを、クオリティの高いアイドルを、本気になった二宮くんに見せつけられてしまいました。二宮くんは、やっぱりどこに出しても恥ずかしくない自慢の自担でした。



5×20のセットリストの中に、One Love が入っています。

「世界中にただ一人だけ 僕は君を選んだ」

数多いるアイドルの中で、わたしが10年近くも惹かれて止まないのは、他の誰でもなく二宮和也その人です。

「ほら息を吸ってはいて。生きている。一歩一歩歩いている。ただそれだけでいい...」と歌う彼に命を掬い上げられた日から、わたしにとってたったひとりのヒーローは二宮くんなんです。


そんな唯一無二のヒーローが描く未来を、その先の夢を、人生を、ずっと見ていたい。わたしたちじゃなく、二宮くん自身が、あの決断を後に良かったと思えるような未来にしたいな。


これがわたしの当面の答えです。

アイドルになってくれた二宮くんに、最大級の愛と感謝込めて。

嵐20周年に寄せて

まずは嵐の皆さん、20周年ほんとうにおめでとうございます。10年前のわたしは、10年後もこうして嵐の記念日をお祝いするなんて思ってもいなかったことでしょう。

このブログだってほんとは3日に公開する予定だったのに、2019年11月3日は嵐を取り巻く世界が動きすぎてて完全に乗り遅れてしまって、めちゃくちゃ反省してます。


さて、冒頭でも触れた通り、わたしは嵐10周年からのファンで永遠の新規だと自負してるんですけど、永遠の新規なりに見てきたこれまでと、そしてこれからの感謝の意を以て20周年おめでとうの挨拶(?)にさせていただきたいと思います。



20年前、ハワイの船の上で「世界中に嵐を巻き起こす」と誓った5人の男の子たちは嵐を好きになった頃のわたしより年上で、当時の映像を見ては高校生ってこんな感じなのかなとぼんやり思っていたりしました。でも、彼らがデビューした16〜19歳を経た今のわたしが感じているのは、当時の彼らにとって、その言葉や向けられるカメラや視線が、色々な意味でどれほどの重みだったのかなということ。どれほどの期待を背負って、どれほどの不安と一緒にあの日、あの場所に立っていたのかなということ。


デビュー日に開催した握手会で、8万人のファンと握手した5人はそれぞれどんな気持ちだったんだろう。16歳の自分に置き換えてみたら、怖いなあと思ってしまった。これからどうなるかもわからない自分たちに対して、期待してくれている人たちがそれだけの数いること、もしかしたらそれを裏切ってしまう未来があるかもしれないという不安、もう逃げられないかもしれないというプレッシャー。普通に怖い。わたしが嵐だったら、大変なことになってきたな、と思っちゃうなあ。


でも幸か不幸か、嵐の人気は思った以上に伸びなかった。デビューから5年くらいまでの初期の曲は、勿論いい曲もあるんだけど、色んな意味で迷走してるなと思う。(聴いてない人はストリーミング配信解禁になったので聴くか、この前発売された64曲入って約8000円とかいう激安の5×20のクリップ集見て!)

迷走って言ったら語弊があるけど、ジャニーズの曲って、王道ラブソングだったり、かっこよかったり、キラキラしてたり、そんなイメージじゃないですか。
対して初期の嵐の楽曲は、ジャニーズなのにラップしてみたり、ジャニーズなのにダークな曲調だったり、ジャニーズなのに王道キラキララブソングがなかったり、そんな"ジャニーズなのに"楽曲が多くて、"ジャニーズらしさ"を期待したおたくたちにはウケなかっただろうなと今でも思う。

それプラス、グループの路線?系統?がめちゃくちゃふわふわしてる印象で、グループのイメージみたいなものを確立していくべき時期に、それが全然できてない感じでした。台風ジェネレーションとか未だにコンセプト不明だし、超かっこいい曲(時代とかPIKA☆NCHIとか)歌ったかと思えば、キャッチーな曲(君のために僕がいるとかナイスな心意気とか)歌ったり。当時のファン、よく着いていけたなと思う。


そんな時期に、5人でやってたラジオが終わったり、深夜番組で心霊ロケさせられたり、そりゃファンも不安になるわ!レベルの嵐が、初めて24時間テレビのメインパーソナリティを務めた年に、テレビで何回擦られたかもわからないかの有名なセリフが、相葉さんの口から飛び出すわけです。


トップになるって夢、絶対叶えようね。


このセリフ、国民的アイドルになった今ではもう感動秘話みたいな感じで語り継がれてるけど、当時の嵐、CD全然売れないし、レギュラー番組は深夜だし(しかも激ゆる)、知名度も低いし、絶対国民から鼻で笑われたでしょ.......と今でも思う。かつ、この年の24時間テレビ、サポーターとして大先輩の東山さんがついてくださってたから、そんな大先輩の前でこんなことよく言えたな?!とも思う。まあそれができちゃうのが相葉雅紀、その人なんですけど。


個人的に、ああ見えて相葉さんってすごく芯が強くて意外と頑固、なのに平和主義で争いを好まない、そんな嵐の中和剤だと思っています。

風船で(コンサート会場の)空を飛んだという普通じゃ有り得ないことを成し遂げた経歴の持ち主だからか、なんか嵐の中の雰囲気的にも「相葉ちゃんが言うならできるかも」「相葉ちゃんが言うならやってみようか」みたいなのを感じる。たぶん相葉さんの言葉は何かしらの力がある。


で、この相葉さんの発言がターニングポイントだったんだろうなとも思うんですよね。嵐、相葉さん以外A型の超真面目集団なので、それまでやってきた5年の義理に背かないように、相葉さんの言葉を嘘にしないためにも、それまで以上にひとつひとつの仕事に全身全霊で取り組んだんだろうなと思う。全力で乳首開きTシャツとか、パンダとか、ツタンカーメンの呪いとかやってたんだと思う。(めっちゃ面白いから見て)


そして、この頃からグループの方向性がやっと定まってきた気がします。ピカダブとか、Heroとか。今のパブリックイメージに近い楽曲はこのへんから。この頃の嵐はHero、サクラ咲ケ、きっと大丈夫、等々応援ソングばっかり歌ってるんだけど、楽しいことだけじゃなかった5人の歌う応援ソング、めちゃくちゃ良いんだこれが。しんどいことなかったんだろうな〜みたいな人に言われる励ましの言葉ってなんかちょっとイラっとするけど、嵐のは胸にすとんと落ちてくる。だって嵐も苦労してるから。アイドルも同じ人間なんだなって思えるから。


話は現在に戻るけど、それから15年くらい経って、あの時の言葉が感動秘話になってメディアで何度も擦られるくらい名実共にトップアイドルに登り詰めた嵐が、ジャニーズ禁断のSNSやストリーミング配信を始めたことってすごく意味があるなと思う。

永遠の新規こと10周年出のおたくからしても、少なくとも10年前の嵐はまだ庶民感というか、近所のお兄ちゃん感があったんだけど、この10年で天界の人になってしまった感が否めなかったんですよね。それはきっと、本人たちのスタンスは変わってないんだろうけど、彼らを取り巻く環境や世論や、単純に売上や視聴率みたいな目に見える数字が変わったからで。もう乳首開きTシャツも、パンダも、ツタンカーメンもやってくれない、そんなことやらせちゃいけないグループになってしまった。


だから、SNS解禁の一報を聞いて、"嵐が下界に降りてきた"ってツイートを見たとき、ほんとにそんなイメージだなと感じた。

今このタイミングで下界に降りてくる、最近ずっと打ち出してる"僕たちを、もっと近くに"のコンセプトをこんなにも体現してくれる。言葉だけじゃなくて、ちゃんと行動で示してくれる。幸せ過多でおたく死ぬんじゃない?と思うくらい、おたくへの、否、嵐ちょっと興味あるな、くらいのレベルの人たちにも愛を注いでくれる嵐、もはや聖人の集まりか?と思う。前世は神だったんじゃないかとも思う。





YouTubeLiveの会見で、翔さんが言った「ようこそ」がとても印象に残っている。
嵐は、2020年末で活動を休止することが決まっているグループなのに、それを全然ネガティブに捉えてないからこそ言える「ようこそ」。この一言だけで、今からファンになっても後悔させないことを約束してくれる。10年ファンやってて一瞬たりとも後悔したことないわたしが言うんだから間違いないよ。嵐に片足突っ込んでるみんなは早く入沼しよう。ようこそ、嵐沼へ!


それと同時に、来年、東京五輪よりも先に新国立競技場を使ったコンサートが開催されることも決まりました。東京五輪に向けた色んな調整?も兼ねてみたいなことを本人たちも言っていたけど、そうなるともはや嵐は国家プロジェクトなので国を挙げて応援していこうな。国家プロジェクトなのに下界に歩み寄ってくれる嵐、やっぱり何者なんだ。



とまあ、こんな具合に嵐はまだまだやる気です。
今年の24時間テレビを見てくださった方は記憶に新しいかもしれませんが、こんなバケモングループになったにも関わらず、相葉さんが「トップになる夢」についてまた言ってましたね。どこまで行く気よ。

2年前のアルバム「untitled」、最初のトラックであるGreen Lightにこんな一節があります。「このてっぺん まだまだ I'm the owner」。強気すぎるくらい強気なのに、この10年ずっとてっぺん走ってる事実があるので全面降伏するしかありません。恐るべし嵐。


なので、いや、だからこそ安心して着いていける、それが嵐です。

本人たちは「みんなと作り上げた20年」だと、勝手に着いて来たわたしたちに有り得ないくらい感謝してくれるけれど、5人が20年嵐でい続けてくれたこと、手を取り合ってくれたこと、トップを目指し続けてくれていること、わたしたちファンを楽しませようとしてくれていること、そして何より、嵐が大きな決断を下すときに選びとってくれたのが「5人じゃなければ嵐じゃない」ということ。その全てに感謝したいのはわたしたちのほうで。


ファンは勿論、嵐に愛されている嵐がいちばんかっこいいし、何よりも愛しい。初めての深い愛おしさは嵐。まさにこれ。


20年前、デビューした日に5人が抱えていたかもしれない不安が、少しでも拭えていたらいいなと思います。

20年経った今、嵐で良かった、と5人が口を揃えて言ってくれることがほんとうに嬉しいです。

嵐のファンであることに誇りを持たせてくれて、ほんとうにありがとう。

わたしの希望で、道しるべで、憧れであり続けてくれてありがとう。

5×20、左の数字はきっと永遠に変わらないから、この20年が冠された楽曲に登場する"and you"であり続けたいと思います。

嵐が嵐を巻き起こしても、絶対に手を離さない覚悟はとっくの昔にできているので!



嵐が歩んできた20年と、嵐が嵐であり続ける未来に愛を込めて。5×20、ほんとうにおめでとうございます!

うさぎ座γ星のきみ〜二宮くん36歳のお誕生日によせて〜

まずは、二宮くん36歳のお誕生日おめでとうございます!



二宮くんのお誕生日をこのブログで祝うのも、早いものでもう4回目。
自分の誕生日よりも、こんなふうに二宮くんの誕生日に向き合うことが多いので、毎年6月17日が来ると季節が巡るのはあっという間だなあと思います。


それと同時に、ずっと前の一途で二宮くんが言っていた「人生80年だとすると、あと60回しか春夏秋冬を迎えられない」ってことばを思い出して、その中の十数回の春夏秋冬を一緒に迎えることができている奇跡にちょっぴり泣きそうになってしまうこと、許してね。


だって長い人類史の中での人の80年なんてほんとうに一瞬で、その一瞬が大好きな人とほんの少しだけでも重なってるなんて、奇跡以外の何ものでもないでしょ?




さて、二宮くんはいよいよわたしの人生の半分以上をかけて追いかけてきた唯一無二の存在になってしまいました。それも、日々わたしの中にある好きを更新しながら。



そんな二宮くんはわたしにとって王子様でもあるしヒーローでもあるし、永遠に叶わない片想いの相手みたいな部分もあります。でもやっぱりいちばんは自担なんですよね。


この11年の間には、そんな自担だからこそ抱くことができた感情も、見られない景色も、感動も、そこらじゅうに散りばめられていたなあと振り返ってみて改めて気付いたので、少しだけ記しておきます。


たとえば新しいお仕事が決まったとき。
これまで二宮くんがやってきたことが点になって、その点から線が伸びて、また次の点に繋がって。
そしてきっとその先の新しい点でも、二宮くんは何かを吸収してわたしの好きを更新してしまう、そんな予感がするから、毎回自分のこと以上に嬉しく感じます。


たとえばコンサートに行ったとき。
約5万人の熱量が一点に集中している光景はほんとうに凄まじいパワーを感じるし、ペンライトの海のきらめきも、あれだけ沢山の人の笑顔と泣き顔を同時に見ることも、どこに目を向けても幸せが溢れているあの空間も、そうそう見られるものじゃないなと毎回思う。


たとえば二宮くんのことばを辿るとき。
いつもは偏屈で天邪鬼なくせに、大切なことは飾らずに真っ直ぐ届けてくれるから、すとんと心に落ちてきて柔らかくほどけて、じんわり温かさが広がっていくような気がします。
そうして染みていった二宮くんのことばは、心の奥の深いところに届いて自然と涙が零れてしまったり、優しい気持ちになれる、なんて言ったら困ったように笑うんだろうな。その顔も好きです。



とにかく、二宮くんを好きになってからこれまで感じたいろんな感情は、二宮くんを好きになってなかったら感じられなかったものなことに変わりはありません。



好きの気持ちはほかの人と比べられないし、というか比べるものじゃないし、二宮くんのほんとうの気持ちだってわたしにはわからないけれど、ただひとつ言えるのは、"二宮くんに出会えてよかったと心の底から思っているわたしがいる"っていう揺るぎない事実だけ。


それだけだけど、それだけでいい。
それだけで、二宮くんはわたしの中で誰よりも光り輝く一等星なんです。





【夢多くゆれる憧れ】

6月17日、二宮くんの誕生日の誕生星であるガンマ・レポリス(うさぎ座γ星)の星言葉。二宮くんにぴったりだなって。誕生石や誕生花は有名だけど、誕生星があるなんて調べてみて初めて知りました。


こんな些細なことだって、二宮くんを好きになったからこそ知れたことのひとつで。こうやって、二宮くんがくれたものが少しずつ増えていく。
たとえそれがどんなものでも、すごく嬉しいんです。好きな人からのプレゼントが嬉しくないわけがないんだから。




二宮くん。
これまで二宮くんはどんな夢を描いてきましたか。
その夢はどれだけ叶いましたか。


まだ、道半ばな夢はありますか。
もしあるのなら、その夢を叶えるために何かわたしにできることはありますか。二宮くんの夢を叶えるお手伝いがしたいです。



36歳の、これからの二宮くんはどんな夢を描きますか。


まだ真っ白な未来のキャンバスに描く、新しい夢を教えてください。沢山悩んで、疲れたら休んでもいいので、いつかその夢が叶う瞬間も一緒に見られたらいいなと思います。



いつだって二宮くんの描く夢はきらきら眩しいし、キャンバスに広げる色は鮮やかでわたしの世界を塗り替えてしまうから、目が離せません。


ときに大胆に、ときに繊細に、才能だけじゃなくそれに努力も重ねて沢山の夢を叶えていく二宮くんに、わたしはきっとこの先もどうしようもなく惹かれて、どうしようもなく憧れてしまうでしょう。



話は少し変わりますが、今日の月は満月。
6月の満月はストロベリームーンと呼ばれていて、見ると願いが叶うと言われています。



二宮くんは今夜の月に何を願うかな。


わたしの願い事は、どれだけことばを重ねたって足りないくらい大好きな二宮くんの未来が健やかであること。二宮くんにこれからも沢山の愛と笑顔と幸せが降り注ぐこと。


ほかの誰でもなく、二宮くんがいつまでも元気に笑ってくれること。



二宮くんは、二宮くんが思ってるよりずっと優しい人だから。自分自身のことなんて二の次に、誰かの幸せを願ってしまう、そんな人だから、わたしは二宮くんの幸せを願わずにいられません。



頼んだよ、ストロベリームーン。


毎年こうして変わり映えのないことばかり綴ってしまうけれど、これから先もこの当たり前が続きますように。



二宮くん、アイドルでいてくれてありがとう。
あなたのこれからの人生が、これまで以上に多くの幸せで溢れますよう。


2019年6月17日

二宮担から見た「バーチャルアイドル」

三者がとやかく言うことじゃないのだろうし、部外者は黙ってろという気持ちもわかる。でも何せここは趣味嗜好を自由に綴る場なので書かせてもらう。


以下、Jr.界隈についてほぼ無知かつ2.5次元アイドル(ラブライブ!アイドルマスター)好きな二宮くんのおたくが考える「ジャニーズ初バーチャルアイドル」についての雑感である。



まず、タッキーが言っていた「ジャニーズJr.のプロデュースをしたい」と「デビューの形はCDデビューだけではない」についてだが、前者についてはまあ納得、というかそれが本当に彼のやりたかったことなんだろうなという印象を受けた。

東西合わせて約300人いるというジャニーズJr.を、語弊はあるかもしれないが管轄するということ。今のJr.たちはタッキーがJr.だった頃、いわゆる黄金期のようにJr.がゴールデンタイムに彼らだけの番組を持っているなどというわけではないので、新規のファンを獲得するには不利な状況の中で生きている。にも関わらず、単独公演を行うことのできるグループがあったりと人気実力共に黄金期の比ではないことは外野のわたしから見てもわかる。(自担が折に触れてそういう発言をすることもあったりする。)


わたしの自担は二宮くんだが、その二宮くんと同じ黄金期を生きて、人気も実力も兼ね備え次にデビューするのはタッキーだろうとまで言われていた当時のJr.のトップだったタッキー。当時のことはよく知らないが、年末に放送された8時だJや、本人たちの話を聞く限り、そのトップの自負はタッキー本人にもあったようであるし、そのように振舞っていたことも知っている。が、ご存知の通り先にデビューしたのは嵐だった。

ジャニーズJr.の世界は、言い方は悪いが彼らを応援しているファンからしたらそんな理不尽がまかり通る世界だ。

だからこそ、そんな不条理を経験した彼が、当時の自分たちよりも人気も実力もあるであろう今のJr.の背中を押すような活動がしたいと思うのは自然だろう。



と、ここまではいいとして。
議題は後者の「デビューの形はCDだけではない」についてである。

たぶん、これはジャニオタだけでなく世間一般的にもそうなんだと思うのだけど、アイドルや歌手の「デビュー」と聞くとイコール「CDデビュー」を思い浮かべる人がほとんどだろうし、デビューする側の本人たちも「CDデビュー」を目標に活動してきた子たちがほとんどだと思う。


そこに突然「デビューの形はCDだけではない」なんて言われたら。わたしがもしJr.担だったら頭を抱えるだろう。だって、応援してきた彼がCDデビューという大きな目標に向けて、夢への一歩を踏み出すためにしてきた努力を、わたしは知っている。それを、その努力を、たった一言で踏みにじらないで。と思うだろう。



わたしは今回のバーチャルアイドルは、「デビューの形はCDだけではない」の第一号のようなものだと感じている。が、もしかしたらあるかもしれない"バーチャルアイドルとしてのCDデビュー"が、これまで活動してきた、今回で言うと"なにわ男子としてのCDデビュー"より先行してしまうかもしれないというのはどうかと思う。



だが、タッキーの意向で全てが決まったわけではないのではないかとも思っている。タッキーの管轄する会社がどこまでジャニーズ事務所やジャニー社長の意思を継ぎ、その体制に倣っているのかはわかりかねるが、もしもしっかりと寸分たがわずその体制を取り入れているのだとしたら。ジャニーズ事務所は「休みたい」と言えば例えどんなに稼ぎ頭のグループであったとしても、その意思を尊重してくれる会社である。


つまり、今回の「バーチャルアイドル」についても同様で、この企画を進めていく段階で声がかかったのは第一弾として発表された二人だけではないのかもしれない。はたまた、二人だけに声をかけたとしても二人にはそれを断るという選択肢もきっと残されていただろう。

前者だと仮定すれば、声がかけられた数人の中で手を挙げたのが二人だったのかもしれない。
そして後者だとすれば、断ることをしなかったのは紛れもなく二人である。

どちらにせよ、わたしは、二人が自分たちの意思で今回の「バーチャルアイドル」を掴み取ったのだと思っている。



この前、関西ジャニーズJr.が特集されていた回のRIDE ON TIMEをたまたま見る機会があった。

すると、いつも自担である二宮くんを信仰してくれている西畑大吾くんが密着されている際に、こんなことを語っていた。

僕が(ドラマに出たり)活動することで、関西ジャニーズJr.やなにわ男子を知ってくれる人が増えると嬉しい。(意訳)


この番組を見ていく中で、特に関西ジャニーズJr.はその中でグループはできているが、「関西ジャニーズJr.」を大切にしている印象が強く残った。あくまでも第三者の意見で大変恐縮であるが、この気持ちはきっとそこでレッスンしていた全員に共通しているものだと感じた。


西畑くんやこの前ドラマに出ていた道枝くんはその、「関西ジャニーズJr.やなにわ男子を知ってもらう」きっかけ作りの場として、ドラマや映画といった芝居を選んだのだと思う。

そして、今回バーチャルアイドルとして活動することになる、大橋和也くんと藤原丈一郎くんは、そのきっかけ作りの場として「バーチャルアイドル」を選び取ったのではないだろうか。


少なくとも、第三者であるわたしの目にはそう映った。どんな手を使ってでも、例え遠回りをしたとしてもCDデビューしたいという気持ちと、そのためにはどんな小さなチャンスも自らの手で掴み取っていく、いかなければという強い意思と決意を感じた。

目標に向かってがむしゃらに努力し、ひたむきに熱を注ぎ、貪欲に手を伸ばす。ジャニーズJr.の魅力の一端を垣間見た気がした。それならば、そうして彼らが貪欲に手を伸ばした先で選び掴んだものが「バーチャルアイドル」であったならば、わたしは応援したい。



そして、ここからは2.5次元アイドルとそのファンの実態についても触れていくが、わたしは先述した通りラブライブ!シリーズとアイドルマスターシリーズのおたくをしており、CDやライブDVDを買ったりもしている。

2.5次元アイドルには入り口が二つあり、一つは「2次元のキャラクターが好きでそのキャラを演じている中の人も好きになる」パターン。そしてもう一つはその逆で「元々中の人が好きで、その人がやっているキャラだから好き」というパターンである。


おたくというものは、どの界隈でも同じような習性を持っているため「好きになればなるほど知りたくなる」のが性である。
現にわたしも、最初はキャラクターだけを愛でていたが、次第にそのキャラを演じている声優のことも調べるようになり、その声優の出演しているアニメも見てみようかなと思うようになり、その結果様々なアニメの沼に浸かっている状態がかれこれ5年は続いている。


このわたしのような状態を作り出すことができれば、タッキーが目論んでいるであろう「新規ファンの獲得」は成し得ることになる。
これはじゃにおたとアニオタ、2足のわらじを履いているわたしが常々感じていることだが、お互い同じおたくなのに歩み寄ろうとする姿勢があまりないため、お互いの沼の良さを知らないまま生きている気がしてならない。

この状態が続くと、聞こえは悪いがアニオタをジャニオタに取り込むことは一生できないだろう。その点から言うと、タッキーの打ち出した「バーチャルアイドル」は核心を突いていると感じる。

今回「バーチャルアイドル」として二人が活動していく中で、関西ジャニーズJr.のファンは増えるだろうし、ファンとまではいかずとも名前を知ってくれる人口は確実に増えるだろう。


わたしが言いたい大部分は以上であるが、最後に、忘れてほしくないのは「需要があるから仕事が来ている」という点である。

欲しくても仕事が来ない人は芸能界だけじゃなくこの世界にごまんといるし、彼らはきっとどんな仕事でも喜んで引き受けるだろう。
だが、そんな仕事を欲している彼らではなく、その仕事を引き受けてほしいと"選ばれた"事実は大切にしてほしい。

アイドルは需要がないと成り立たない職業だ。
バーチャルアイドル」を通して、彼らが新たな需要を獲得してくれることを心から願っている。


あと、二宮くんも同じ「中の人」としての仕事を2005年にやっているが、その時の二宮くんより彼らのほうがきっと人気はあるから安心してほしい。

「綺麗だね」って笑い合いたい

2019年1月28日15時15分。この記事を書いている。それも、バイト中に、バイト先の紙ナプキンに。態度の悪いスタッフでごめんなさい。


知っての通り、昨日1月27日の17時半ごろ、わたしの大好きな5人が2020年末で嵐としての活動を一旦休止することをFCで発表した。その発表を、というか、"嵐からグループに関わる重大な発表があったこと"をわたしはバイト先のお客様のざわつきで知った。(どんだけ社畜なのか)

わたしがこのことを知った詳しい経緯は後述するとして、わたしのTwitterをフォローしてくれている方ならお察しのとおり、わたしはこの件に関して涙ひとつこぼしていないわけで。今のところ、と言いたいところだけど、27日当日の会見の様子もMr.サンデーで視聴済みなので、たぶんこの件に関して涙を流すことはないだろうとおもっている。


じゃあなんでこんな記事書いてんの、ってとこだけど、その理由は大きく分けてふたつ。

ひとつめは、10年追い続けてきた大好きな5人の決断を、これまた大好きな二宮くんの言葉を借りるなら、「はいそうですか」なんてすんなり受け入れることは無責任であると感じたから。

そしてふたつめ。こっちのほうが主な理由なんだけど、きっとこれからわたしは、というかわたしたち嵐ファンは5人での話し合いが持たれた2017年6月以降の"嵐"を伝えてくれていた様々な媒体を反芻して、「あの時のこれはどうだった」、「この時はきっとこうだった」なーんて思いを巡らせてしまうと思う。それは仕方ないことだし、全然悪ではないし、もはや避けては通れない宿命みたいなもんだとすら思っている。けど、ここから先はわたし個人の考えになっちゃうんだけど、そうやって反芻することで、今、2019年1月28日の嵐が伝えたいことから、どんどん遠ざかってしまうんじゃないかとも思っていて。そう考えたときに、嵐が20年大切にしてきた"今"と"目の前"を、"今の気持ち"を大切にしたい。そう思ってこの記事を書くに至っている。


前置きがいつも以上に壮大になってしまったけど、まずはわたしがこの件を知るまでの経緯を記しておきたい。

1月27日17時半
バイト先で18時の上がり時間に備えていたわたしの周りで何やらお客様がざわつき始める。そのとき聞き取れた内容及び単語は「嵐が…」「これ悲しむ人どれだけいるんだろうね」「でも個人の活動はするってことでしょ?」「櫻井くんのコメント」だったので、てっきり翔さんが脱退してソロ活動を始めるのかと思った。

17時53分
店内が落ち着いたのでちょっとだけTwitterを覗く。(業務中、だめ、絶対)すると、嵐2020年で活動休止のTLと、メールボックスに新着メールがあることを知らせる①の表示。脱退じゃないんかーい!となる。

18時
バイトを終える。家には相葉担の母が待っているため、送られてきたFC動画を見るより先にネットで情報を集める。そこで

・嵐が2020年末でグループでの活動を一旦休止すること
・(語弊があるかもしれないけど)大野さんが発端であること
・LINEニュースに載せられていた二宮くんのコメント全文

を一通り読んで帰路に着き、取り急ぎネットに疎い母に「嵐2020年で活動休止だって」とだけLINEする。この時点で特に泣きそうとかもなく、「ああ、そうなんだ」って普通にすんなり受け入れている自分にちょっとびっくりしたけど、その帰り道、母とのLINEで「二宮くんが重病じゃなくてよかった」と言えている自分になんかちょっと安心したので、そのやりとりを載せておく。(ちなみにここまで紙ナプキン)


18時45分
家に着いてとりあえず母と話して、お互いの温度差がないことを確認してやっとFC動画を見た。(母と一緒に見ようと思っていたのに、母に先に見られていたのでひとりで見た)
恥ずかしながら速度規制が来ているので、動画は何回も止まったけど、大野さんが言い出しっぺであるという責任感と、申し訳なさと色んな負の感情が入り交じった顔でことの経緯を話してくれている最中は正直めちゃくちゃ不安だった。これは割りと本気で。リアルガチね。

でもそのあと、4人がほんとにいつもの嵐の雰囲気で、大好きな嵐そのままの雰囲気で、嵐という存在に、そして一番に伝えたかった嵐のファンに、誠実にそのままの言葉で伝えてくれるもんだから、すぐに「あ、これって前向きな活動休止なんだ」「大野さんが戻ってくるか来ないかはわからないけど、嵐が嵐でいるための選択なんだ」「だからわたしたちファンにもわかってほしいんだ」って理解した。その中で「僕らはずっと嵐です」って言ってくれたのは、やっぱり大好きな、世界一大好きな自担である二宮くんで、それですとんと納得できてしまったので、自担の言葉の偉大さを改めて感じたりもした。


そのあとTwitterを見ると、お通夜のようなTLで温度差をひとりで(正確に言うと母とふたりで)感じたりしていた。みんなの気持ちがわからないわけではないから、適切な言葉が見つからなくて声をかけることもできなかったので、ただただ20時に始まるらしい会見の様子が放送されるのを待つしかなかった。
今思えば、Mr.サンデーが放送される時間までの数時間は本当にお通夜のようだったと一夜明けた今でも思うので、お通夜だったんだと思う。


そんで、あとはたぶんみんなが見た通り、感じた通りに進んで行った。活動休止会見だっていうのに、突き抜けて明るいワイルドアットハートをBGMに登場した嵐が、どんよりお通夜ムードだったTLを、自分たちのことばで、表情で、どんどん絶望から掬いあげていって、その様子を見ながらやっぱり嵐ってすごいな、なんて思ったし、みんながちょっと士気を取り戻してくれたので単純に嬉しかった。ほんとにね。


FC向けの動画の中でも、発表されたコメントの中でも、会見の場でもおおのさんが「申し訳ない」って繰り返し言っていたのがすごく印象に残っている。だけどその度におおのさんの両隣に2人ずつ並んだメンバーが「いいんだよ」って優しい顔してて、その、ごめんね、いいよ、誰も悪くないよ、っていう空気が、とてつもなく嵐だなあと思った。

普段全然喋らないおおのさんが沢山喋る会見を、途中まで新鮮だなあと思いながら見てたけど、おおのさんがこんなに喋るのって、ちゃんと喋れるからっていうか、ちゃんと自分の中で、嵐の中で、この決断がガッチガチに固まってるからなんじゃないかなってぼんやり思った。固まりきってるから、嵐の中で誰ひとりとしてこの決断に疑問を呈してないから、自信を持って喋れるんだって。


話はちょっとズレるけど、例の記者のした不躾な質問に、半ば喧嘩を買うような形で応対した翔さんが、正論を振りかざして先陣切って嵐を守る姿はめちゃくちゃにかっこよかったし、そのあとの二宮くんの「リーダーが悪者に見えてるのなら、それは僕らの力不足です」って発言も、嵐が嵐を20年背負ってきたからこそのそれでめちゃくちゃ痺れた。わたしの好きなあらし、こんなとこでも発揮されたら逆に困っちゃうよ〜〜などと言いながら会見を見終えた気がする。



こんなときまで、嵐は嵐だった。そりゃそうだよね、嵐が嵐でいられるための決断をしましたっていう会見なんだから。会見を見終えて、おおのさんの決意と、それを尊重させつつ、5人みんなが納得できるところに着地させた嵐があまりにも嵐らしくて、もう仕方のないことだったんだなって、その日3度目くらいの納得をした。

わたしも含めファンだったり、マスコミだったり、一般視聴者は、もしかしたら「もうだめかもしれない」って一瞬でも思ったかもしれないのに、会見での嵐は、嵐が嵐を諦めたことは一瞬たりともなかったみたいな語り口で、いやきっと実際そうで、「なに勝手に諦めてるんだよ」と言われた気すらした。


あれから、おおのさんの気持ちを色々考えてみた。まあ実際のところは本人にしかわからないから推察の域を出ないけど、きっとおおのさんが"自由になりたい"と天秤にかけ続けていたのは"嵐を続けて不自由なままでいること"なんかじゃなくて、もっと単純な"嵐をやめたくない"だったんじゃないかなと思う。

きっと絶対、計り知れないくらい悩んだんだろうな、相反する気持ちの中で。もういい大人で、自分ひとりの問題がみんなの問題になる中で、悩んで悩んで、それでもやっぱり自由を選びたくて、でもそれは虫が良すぎるからもう手放さざるを得ないと思ってたんだろうなって。そしたら4人が、手放さなくてもいいじゃんって言ってくれたんだろうなって。

どっちかしか取れないと思ってただろうおおのさんに、どっちも取ればいいじゃんって言ってくれたのは他でもない4人で、嵐がこういう人間性の人たちの集まりだから好きなんだよなあって、なんか一周まわって悔しくなってしまった。嵐は誰よりも嵐に対して正直で、誠実で、潔い人たちの集まりだから、おおのさんに1ミリでも戻りたいって意思がなかったら、感じ取れなかったらきっと休止じゃなくて解散を選ぶような人たちじゃん。それに、会見のおおのさん見てたらやっぱり嵐やめたいわけじゃないんじゃんって普通に思っちゃった。ほんとに、言われてる通り夏休みだよって。



で、ここからは2021年以降のわたしたちファンの話になるんだけど。
まず、こういうときに「ファンってなんて無力なんだろう」って言う人いるじゃん。わかる、気持ちは痛いほどわかるし、実質的にファンってほんとに無力だなあと思うことが多々ある2018年だったから尚更。
だけど、たぶん嵐はそんなこと思ってなくて、むしろ誰よりもファンの力をわかってるから2年も前に発表して50公演もやって、ってしてるんだろうなって。だってほんとに無力だと感じてるなら、それこそ発表してよーいドンでやめてるでしょ。そういうとこが好きなんだけど。


でも、ファンが選べるのは「了承してついて行く」か「受け入れられずに離れる」かのどちらかってもう決まってて。自由論述形式じゃなくて選択制なのよこの問題。いつだってそうだったし、嵐に限ったことじゃない。で、選択肢が2つしかない選択制の問題の選択肢の内容に「なんでこれしかないの?」って言ったところで、別の選択肢が現れるわけじゃないから、厳しいけどこればっかりは選ぶしかなくて、でもこの問題あと2年解いてていいよってことだと思うんですよ、わたしはね。20年続けてきた本人たちが1年半かけて答えた問題を、2年解いてていいらしい。大盤振る舞いすぎてちょっと笑える。
だから2020年のけつのけつがきた時に、わたしも含め嵐ファンのみんながそれぞれの答えを選び取れてたらいいなって今は思ってます。



今抱いてる気持ちと、3ヶ月前に記した気持ちが全く変わってないことから考えるに、たぶんこの先も変わらないだろうから一応わたしの思いは記しておきます。以下、しがないおたくの決意表明だと思って受け流してください。

わたしのおたくスタンスに、"推しが一番輝くのは推しの見る夢とファンの見る夢がぴったり重なった時だ"っていうのがあって。前々から思ってたんだけど、二宮くんがアカデミー賞の最優秀賞を獲ったときのスピーチを聞いたとき、泣きながらこの考えが確信に変わったんです。これが欲しかった二宮くんとこれをとって欲しかったファン。双方の願いが、想いが重なったときの輝きをそのとき知ってしまったんです。

お前の夢は俺の夢だ、なんてどこの少年漫画だよって感じだけど、わたしは二宮くんが、嵐が見る夢を一緒に見たい。同じ方向を向いて、"今、目の前"から目をそらさずに、この人たちと生きていきたい。

確かにちょっとだけ俯きかけてしまったけど、1年半かけてこの結論に至ったその瞬間から、嵐にはかなりのリーチを取られてると思うんです。気持ちの面で。だからわたしはそのリーチをこの2年で取り戻したいんです。だって嵐が嵐として、5人で前に進むって決めた限り、下ばっか向いてこの場に立ち止まってたら置いていかれるし。気付いたときに嵐が見えなくなってたら嫌だし。


と同時に、永遠なんてないってほんとことある事に言う二宮くんが、自分のことはウソばっかりつく二宮くんが、嵐に関しては真正面から何もウソなんてつかずに「僕らはずっと嵐です」って言ってるから。永遠を信じてない二宮くんがすがってしまう嵐が、もし、万が一なくなってしまったとき、気持ちに寄り添うことはしたいけど、一緒にずっと泣いてばかりいるようなファンでありたくはないから。それも含めて、エゴかもしれない、自己満かもしれないけど、二宮くんが希望を持てなくなった時に希望を見続けてあげられるファンでありたいから、前を向くことに決めました。


「実質的に解散」とかほざいてるメディアもいるけど、わたしが10年見てきた嵐は、誰ひとりとして"嵐"を中途半端に投げ出さない5人なわけで。そんな人間性の人たちだから好きになったわけで。
休止はもう決定事項だけど、2021年以降、嵐が休止のままフェードアウト的に解散を発表するなんて、例え全世界みんなが許したとしても、それは誰よりも嵐が、嵐自身が許さないだろうし。

2021年以降、嵐が世間から忘れ去られないようにするために、おおのさんといつでも嵐としてまた歩き出せるように、5人は"嵐"を残したんだろうし。きっとおおのさんがお休みしてる間も、4人は"嵐・櫻井翔"として"嵐・相葉雅紀"として"嵐・二宮和也"として"嵐・松本潤"として、今よりもっともっと頑張るんだろうなと思う。
また同じ方向を向いてくれたときに、「また一緒に歩きたい」って思ってくれたときに、おおのさんが「俺のせいで人気が落ちた」とか、誰も思ってないのに思っちゃうかもしれないから、そんなバカなこと1ミリも思わせないために、4人は頑張るよ。だってあの人たちは、わたしのすきな嵐は、バカみたいに優しいんだもん。



いつ戻ってくるかなんてほんとに誰にもわからないんだろうなって今は思います。だけど、いつかは絶対来るし、きっと沢山の解答の中から、ほかでもない嵐自身が、嵐が一番嵐らしくいられる答えを選び取ってくれてるから。


再始動は絶対ある。
だって中途半端に嵐を投げ出すなんてことは絶対にしない5人だから。その再始動が続けるための再始動なのか、最高のフィナーレに向かうための再始動なのかは誰にもわからないし、きっと嵐にもまだわからないんだろうけど、また、5人が揃って同じ方向を向けたときに、みんなで手を繋いで新しい1歩を踏み出すよ、それが嵐だから。


最初のほうに「もう泣かないと思う」とか書いたけど、もしかしたら、いや絶対無理だなと今になって思っている。今は泣かないけど、きっと2020年12月31日は一日泣いてる。だって嵐が好きだから。でもそれは悲しくて寂しいだけの涙じゃなくって、約2年かけてわたしたちファンを大切に大切にしてくれた嵐の優しさとか愛に包まれて、ああ、なんて幸せなんだろうっていう涙でもあるんだろうなあ。なんて言うか、暫しの別れがこんなにも寂しいと思える存在に出会えて、その人たちからも大切にされて、愛されているっていう事実に、幸せすぎて泣いちゃうよ、きっと。


そして、その幸せを抱きしめながら、噛み締めながら、いつか絶対来るいつかを待ちます。

だから、その時がきたら、何度目だっていいよ、またはじめようよ。