愛は百薬の長

わんわんにのちゃんを愛でる @619O319

わたしの #ジャニヲタセブンルール

いつもツイートを拝読させて頂いているあややさんがご自身のブログに書かれていた#ジャニヲタセブンルール、僭越ながらわたしも書かせて頂きます。

あややさんの素敵な記事はこちらから。


以下、嵐担歴10年、二宮担のはしくれであるわたしのセブンルールです。


1 一人一名義を守る
わたしが担当している嵐はご存知の方も多いかもしれないが、ファンクラブ会員数が200万人を超しており毎年コンサートに行くことがまず至難の業です。
複数名義は悪だと言いたいのではなく、毎年動員80万人強のツアーに単純計算で200万名義×4(名義ひとつにつき4枚申し込めるため)=800万人が申し込むことになり、倍率は最大で約10倍。これが近年の嵐のコンサート当落状況になります。

わたしの母は相葉担で母もファンクラブに入っているので、手元にあるのはわたしの名義と母の名義のふたつ。それが2016年に行われたアリーナツアーを除いたドームツアーだけで言うと、わたしの名義は2011年から、母の名義は2013年から外れ続けています。
こんなにも落選続きなのに、Twitterを見るといわゆる多ステと呼ばれる方の多いこと……みんながみんなそうじゃないことはわかっていますし、友達と二口応募して運良くどっちも当たっちゃった…!なんてミラクルが起こり得ることもわかっていますが、会員規約に反している方も多いんじゃないかな〜と思ったりもします。

もう一度言いますが、複数名義や多ステが悪だとかそういう決めつけをしたいわけではなく、現に「嵐のこと気になるからコンサートに行ってみたいけど、ファンクラブに入ってもコンサートが当たるわけじゃないしなあ…」とファンクラブ入会を躊躇ってしまう方がいるのも事実で、その状況を作り出しているのが他でもない嵐ファンクラブ会員のわたしたちなのではないか、という自負をわたしが勝手に持っているだけです。自分ももちろんコンサートに行きたい気持ちはあります。だけどわたしは新たに嵐の魅力に気付いてくれた人たちが、コンサートに行きづらい/行けないためにフェードアウトしていって欲しくないという気持ちもあるんです。だってほら、嵐のコンサート見て落ちない人なんています?いないでしょ。

みんなで新規ファン取り込んでいこ??ね???


2 応募は各誌一冊のみにする
昨年、自担である二宮くんの主演映画「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶〜」の公開に伴って完成披露試写会の読者プレゼントが各雑誌で行われました。
この読者プレゼント、映画情報誌からテレビ誌まで幅広く行われており、安価なものだと一冊300円ほどで購入できるものもありましたが、わたしはこのルールのもとどの雑誌も一冊ずつの購入にとどめました。

その分、ハガキの文字を丁寧に書いたり、各誌をくまなく読み込んだ上でアンケートにしっかり答えたりと気持ちは込めましたが、雑誌も書籍も、本当に読みたいと思っている人の手に渡るほうが幸せでしょうし、結局ファンクラブ名義で当選した完成披露試写会もその律儀な気持ちがすべて布石になったと感じています。


3 自担を上げるために他を下げない/比較しない
わたしは自担である二宮くんの顔ももちろん大好きですが、努力を見せない姿によく感銘を受けることがあります。でもその姿は、二宮くんのことを知ろうとして初めて気付くことであって第三者には知りえないことだったりもするわけです。

二宮くんはもちろん素晴らしいお人ですが、その努力や歌やダンスを他の人と比べるのは違うと思っています。二宮くんは二宮くんですし、その比較対象である彼にだってファンの子たちがいて、その子たちしか知らないその彼のいいところだって沢山あるんです。
何よりそうして比較して喧嘩になったら元も子もないですし、そんなの誰も望んでないでしょ?


4 他人と自分を比べない
これはセブンルールの中でもかなり大事にしていることです。現場の数だったり、ファンサを貰った貰えなかっただったり、席だったり、地方か都会かだったり、とにかく他の人と比べないこと!

どうしてわたしだけ、と思うとオタク活動は途端に楽しくなくなります。
わたしのオタ活の根幹は置かれた場所で咲きなさいです。わたしは五大ドームツアーだといつもすっ飛ばされてしまう中四国の民なので、コンサートに行くとなると必然的に交通費がかかることになりますが現場に向かう新幹線の車内で感じる特別感は地方ならではのものですし、他にも比べても仕方ないことは沢山あるのでみなさんも一度ネガティブを手放してみると楽になるかもしれません。


5 SNSではプラスのことしか発信しない
わたしのTwitterを見ていただけると分かるかもしれませんが、基本的には「二宮くんかわいい」「二宮くんかっこいい」「二宮くんすごい」「二宮くん素敵」「二宮くん最高」の要素でできています。語彙力はない

せっかくこの、いつでもどこでも情報が手に入る、自分の発言が全く知らないどこかの誰かの目に触れることがあるかもしれないという情報社会に生を受けたので、SNS、特にTwitterでのわたしのモチベーションは二宮くんダイマbotみたいなもので、気持ち的には常に自担のダイレクトマーケティングをしている次第です。
わたしの二宮くん甘やかし贔屓ツイートが、もしかしたら知らない誰かが二宮くんに興味を持つきっかけになるかもしれないなんて素晴らしい世界すぎる。アーメン。ちなみに二宮教はいつでも信者を募集しています。


6 ジャニヲタを隠さない
色んな事情やオタク活動の在り方によって、ジャニヲタであることを隠す隠さないは人によりけりなのですが、わたしは一切隠していません。

隠していないので、例えばお昼休みにTwitterで流れてきたそれはもうとてつもなくビジュの良い自担の画像を見て、興奮状態で「エッやばい二宮くん顔が天才……」と唐突に呟いても「あぁ、こいつまたか…」という優しい目で見てもらえます。
ジャニヲタってほら、この気持ちを誰かに伝えたい!みんな聞いて!!ってときあるじゃないですか。それを思ってすぐ誰かに言うのと、あとからツイートするのでは熱量が違うとわたしは思っているので、できるだけアツアツな気持ちを発信していきたいのです。

あと言ったら意外とみんな優しく対応してくれますし、ドラマ見たよとか言ってくれますし、あの曲いいよね!とかも普通にありますし、そういう場面に出くわしたらそれはつまりダイマチャンスなのでみんなもどんどん大好きな自担をダイマしよう。嬉しいし楽しいのでおすすめです。


7 アイドルとしての自担に執着しすぎない
わたしが好きなのはアイドルをしている二宮くんです。今となっては人間的にも大好きですが、二宮くんみたいな人と実際恋に落ちるかと言われれたら違うと思うし、なんならわたしたちって語弊はあるけど勝手に好きになって好きでい続けるけど、かと思えば勝手に恋人つくったりするじゃないですか。彼氏いないけど。
こちらは結構身勝手に恋愛したり仕事したり発言したりしているのに、自担のアイドルしてない部分=人間的な部分にまでアイドルらしさを求めるのはお互いしんどくなっちゃう気がするんですよね。

せっかくならWIN-WINでありたいので、しんどくなったときに元気をもらったり、毎日かわいい自担を見て癒されたり笑顔になったりはするけど、もうそれ以上は求めない。嵐でいてくれれば、笑っていてくれればいいです。もはや生きてるだけで存在が尊いですもん。



というわけで、わたしはこの

1 一人一名義を守る
2 応募は各誌一冊のみにする
3 自担を上げるために他を下げない/比較しない
4 他人と自分を比べない
5 SNSではプラスのことしか発信しない
6 ジャニヲタを隠さない
7 アイドルとしての自担に執着しすぎない

というセブンルールを自分に課して、オタク活動をしています。オタク活動の在り方なんて十人十色、みなさんもセブンルールを見つめ直してみたら楽しいかもしれません。

35歳のあなたに贈る35文字のラブレター

にのみやくん、まず35歳のお誕生日おめでとう。去年の今日からまたあっという間に1年が巡ってきたね。


みたことない二宮くんを今年も沢山見つけて、その度にやっぱり敵わないなあって思ったり、大好きだなあってくやしくなっちゃうくらい感じました。人生のなかでこんなに想えるのはもう二宮くんだけなんじゃないかな。


ノリが良いところ、顔が可愛いところ、優しいところ、みんなの頭脳なところ、ダンスがしなやかなところ、あらしが誰よりも大好きなところ。


いっぱいありすぎて、もう数えきれなくなってしまったにのみやくんの好きなところのひとつひとつが、今のわたしの誇りです。こんなに素敵な人を好きになれて、たくさんの幸せを貰えて、明日もまた頑張ろうって思う。

さり気ない瞬間にふと思い出す、キラキラなにのみやくんの笑顔はいつでもわたしの心の支えです。


のりこんだ船の行く先を、その未来を、愛して止まないあいばさんと、潤くんと、おおのさんと、しょうさんといつまでもどこまでも前進するその姿を、この先もずっと見せてください。

えがいた夢がどんなに果てしなくても、二宮くんのことが大好きなファンやメンバーがいます。長い旅の途中、おち込むこともあるかもしれないし笑顔でいられないこともあるかもしれない。そんなとき、二宮くんが思い出してくれる存在になれてたらうれしいな。


ありふれた言葉だけれど、ほんとうに大切で、大好きなわたしの自慢の自担二宮和也くん。平凡だったわたしのセカイをきらきら輝くものに変えてくれたあなたの人生がどうかこの先も明るいものでありますように。そしてあなたのその笑顔がいつまでも枯れませんように。

ファンになれてほんとうによかった。アイドルでいてくれて、この道を選んでくれて、ありがとう。


まだまだ続く二宮くんと嵐の航海を、この先も一緒にすすんでいけたら幸せです。


よろしくね、35歳の二宮くん。35文字のラブレター、うまくあなたに伝わりますように。*1

*1:この記事はスマホ表示で35行になっています。各行の頭文字を縦読みしてみてね。

ラブソングと夜の親和性

以前Twitterにてアンケートを取らせて頂いたんですけど、


そのときの記事がやっとできました(大遅刻)


そもそもこの記事は「そういえば嵐の楽曲って星座みたいな夜空を連想させる曲が多いよな〜〜〜ロマンチックでちょう好きなんですけど!!」と思ったことと、そういうワードが出てくるラブソングが単純にめちゃくちゃ好きなのでちょっと調べてみるか〜〜!くらいの勢いで書いていますので悪しからず。

そういうわけで今回は、嵐のラブソングにおける星や月といった夜空の位置付けについて、嵐の活動期間約20年をデビュー期(デビュー~2004)、花男全盛期(2005~2009)、国民的アイドル期(2010~現在)の3つに分けて、圧倒的主観でお送りします!!!!!それでは早速いってみよう!!



デビュー期
デビュー期に当たる1999~2004までの嵐は、トンチキソングの宝庫なのでまずマトモなラブソングを見つけるのが難しかった(失礼)

そんな中から見つけたまさに希望の星的ラブソング、それがあの伝説の第69回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した二宮くん主演作、「南くんの恋人」主題歌である「瞳の中のGalaxy」です。

作詞作曲が藤井フミヤさんなので、それはもうロマンチックな世界観が展開されているわけですがそれなりにトンチキ感満載の曲です。Galaxyな瞳って何やねん。

それはさておき、この曲には以下のフレーズで星が登場します。

1番
どうして流れ星に 願い事するんだろう
宇宙の彼方に消えてゆくのに

そして僕は星座になって 君の傍にいるよ

2番
そうさ君とこの銀河の中で出会ったよ
信じよう 信じよう いつか聞いた星の神話

Cメロ
数えきれない 悲しみも
数えきれない 喜びも Shining stars

この曲における星は、友達以上恋人未満なふたりの関係性を隠喩しているのかなあと思いました。

"流れ星に願い事をする→叶う"という希望的な因果関係が表れた歌詞ではなく、"願い事をしても宇宙の彼方に消えてゆくのに"と、ちょっとマイナスの観測がされていることや、1サビの終わりが「〜見つめたい」と願望の形で語られていることから、主人公である"僕"と"君"との関係は曖昧な感じなんだろうなあ、と推察しました。

そんな感じで1番ではちょっとしたマイナス要素を孕んでいるこの星ですが、2番以降では希望的観測で語られるようになっています。ちなみにここで出てくる星の神話、発売時期的にもベガとアルタイル(織姫と彦星)かなあと思いましたが結局悲恋チックなのでたぶん違うんですよね……気になる。
あと最後の"Shining stars"も複数形になっているのでふたりの隠喩なんじゃないかなあと思ったり。

あと少し話は戻りますが1番サビに「Galaxyなその瞳を見つめたい」とあるので、その瞳の持ち主は"君"だということがわかります。ちなみに「"僕"は星座になって 君の傍にいるよ」なので、これたぶん"僕"は星座になっることによって"君"のGalaxy、つまり瞳に映り続けたい的な物理と心理のダブルミーニングなのでは?とも思いました。

どちらにしろこの曲での星の役割はざっくり僕と君の隠喩であると言っていいかなあと。

また、この時期の楽曲でほかに星が出てくるものは、君だけを想ってる星のFreeWayなどがありましたが、君だけを想ってるに関しては「星と星をつなぎ」と「君と僕を結ぶ」が対句になっているんじゃないかと感じたのでここでの星も遠距離恋愛をしているふたりの隠喩で考えました。実際星と星の距離もめちゃくちゃ離れているので、それも遠距離恋愛にぴったりな感じだったし。
そして星のFreeWayは歌詞がドライブ中っぽいので、そのままの意味で夜景の光を星に例えて高速道路を走っているようなイメージなので、何かの比喩ではないパターンです。


花男全盛期
我ながらこのネーミングセンスは如何なものかとは思いましたが、気にせずガンガン進みます。この時期の嵐の楽曲にはラブソングがめちゃくちゃ多くてさすが20代真っ只中のキラキラアイドルだ〜〜と思っていました。


で・す・が!


ノブ「ないんじゃ〜〜!!夜空の出てくるラブソングがほとんどないんじゃ〜〜!!!!」


びっっっくりするほどなかった………ラブソング自体はもちろん沢山あったのですが、星が2回以上歌詞に出てくる楽曲がイチオクノホシシリウスしかなくて詰みました。

しかもイチオクノホシはほら、歌詞も「イチオクノホシの中の二人」だし……もう日本の人口の比喩じゃん……逃れようがねぇ………

シリウスシリウスで失恋ソングな上に「遠ざかる星に 愛を誓う」だし、その前にも「ひとつだけ空に高く光る 僕の名前 呼ぶ声」があるので推察するまでもなく別れた彼女のことです………


……花男全盛期編……これで終わりです……ヒロシです………



国民的アイドル期
そう!ここ!ここですわたしが一番語りたいのは!!!みんなが30代に突入してからの嵐はなんていうかこう、大人の余裕を醸し出し始めたしそれに伴って(?)余裕な顔で甘い台詞を囁くようになったの!!!!(大歓喜)20代前半に歌っていた「連絡ひとつロクに出来なかった自分が今では全然信じられない」みたいな若気の至り系ラブソングは歌わなくなってしまったけれど!!それと引き換えに▼ アラシ ハ イロケ ヲ テニイレタ!状態なわけです。特に近年の嵐、やばいよ、色気が。

20代の嵐が夜空って言っても21時頃だったのに対して30代の嵐はもう23時以降だからね……※あくまで主観

そんな23時以降系の大人なラブソングの中からいくつか選抜していきます。


エントリーNo.1 Sugar
2017年ジャニーズ楽曲総選挙にてアルバム曲ながら全体上位に名を連ねた言わずと知れた名曲。何万人もの腰を砕いてきた名実ともに生で見たらやばい曲

この曲には太陽というワードも出てくるのですが、それ以上に星と月が多用されていることと、全体的な雰囲気が夜なので選出しました。

月明かり 君は素敵に纏って 悔しいくらい上手に笑う
何もかも幻だよ、みたいに 嘯いたその瞳が愛おしいんだ

「いつかは2人も 星屑になるの」
そんな駆け引きは 月と太陽に預けて ただ僕を見つめて

大前提として"僕"は"君"に恋愛感情を抱いているわけですが、月明かりを素敵に纏った"君"が悔しいくらい上手に笑う、また、何もかも幻だよと嘯く=知らないフリをする、とあるので素直に「綺麗だ」などと言えない関係性である可能性が高いです。
そしてここでの素敵は辞典で調べると最初に示されている「心を惹かれるさま/非常にすぐれているさま」だけではなく、二番目の「程度がはなはだしいさま」という意味のダブルミーニングで取るのが自然かなあと思いました。つまり、砕けた言い方をすると月明かりを纏った君はめっちゃ綺麗!的な。夜に月明かりを纏う、ということはスポットライトが当たっているようなイメージなのでここでの月明かりは"君"に対して+αな存在で"君"本人を指しているわけでありません。

そんな"君"が「いつかは2人も 星屑になるの」なんて意味深なことを言い出します。
この歌詞の前に「そう 分かってるのは もうすぐ今日が 終わるってことだけさ」というフレーズがあるので、"僕"にはこの夜が終わって朝が来る自覚があるわけですが、彼女の台詞にある「星屑」は夜が終われば見えなくなってしまうもので、言い換えれば夜が終わればふたりの関係も終わるということ。そこでこの台詞の行間やこれまでの歌詞の流れから推察できるのは、"君"はこの夜のこの関係を終わらせたくないということです。
それに対して「そんな駆け引きは月と太陽に預けて ただ僕を見つめて」で夜にしか見えない月だけでなく、朝の象徴である太陽まで引き合いに出しているので"僕"は出来ることなら朝が来てもこの関係を終わらせたくない、いつまでも僕を見つめてっていう……まあ"君"を"Sugar"とか呼んでベタ惚れですもんね、そりゃ強欲になるわ。

つまり、星屑は言わずもがな夜が終わると終わってしまうふたりの関係の隠喩ですが、月と太陽はどちらかが常に見えている状態にあるので終わらないことの隠喩かなあと解釈しました。


そしてエントリーNo.2 お気に召すまま
好きすぎてCDが焼き切れるんじゃないか、くらい聴きました(怖い)まずイントロからしてキラキラ!星空!ロマンチック!みたいな始まりで、出てくるワードがときめきの宝庫。

「夜が明けても星空の滑走路(みち)をずっと旅しよう」はつまりプロポーズみたいなもんだし、彼女と過ごす時間を星空の滑走路に例えるってどんな感性してんの……ちょうすき……だし、「理屈よりリキュールを注いだグラスをふたりで高らかに鳴らしたら夜空がまた光り出す」って30超えたおじさんの感性マジでどうなってんの……30超えて理屈抜きで楽しいキラキラな恋できるってまさに理想じゃんすき……ってなる。君といれば夜空の星が輝くってか。イケオジすぎて困る(ここで白旗を上げる)

挙句、「その声で星が揺れる」し「愛しさで星は廻る」んですよ!!!君の声を聞くと星が瞬いて、そんな君への愛しさで地球は廻ってるんだよって……こんな女の子が喜びそうなロマンチックファンタジーワードの宝庫みたいなイケオジ、いくらで買えるの、、、億ですか?兆ですか??

とにかくここでの星は星そのもの、というより恋愛のキラキラ感を表した心情の現れなのかなあと思いました。それにしてもやはりめっちゃ好きですこの曲。



さて、ここまで長々と4500文字弱書いてきましたがまとめると、
・デビュー~20代の楽曲ではその恋愛の当事者であるふたりの距離感など物理的な事象を比喩していることが多い
・30代になってからの楽曲では物理的な事象ではなくふたりを取り巻く事象や感情など心理的な部分を表現する手段として用いられることが多い
という感じですかね。

わたし自身、こういうロマンチックワード満載のラブソングが大好きなのでやっていてほんとうに楽しかったです。今回はラブソングを取り上げましたが、嵐の楽曲には星が出でくる曲がほかにも沢山あるのでそれらの星についてもまたいつか記事にできたらなあと思います。


今週末からワクワク学校も始まりますし、来週は待ちに待った円盤が発売されますし、ブログの更新頻度も上がりそうですので何卒よろしくお願いします……!

アイドルマスターの話をしてもいいですか?

一ヶ月振りのブログの更新が嵐でもジャニーズでもなくて死ぬほど申し訳ないのですがどうしても語りたいので語ります。まあわたし個人のブログですしおすし。

というわけで、今回語るのはじゃにおたのみなさんも人生で一度くらいは耳にしたことがあるかもしれない

THE IDOLM@STER(通称アイマス

のおはなしです。

わたしがこのアイマスと出会ったのは今から約2年半前、じゃにおたのみなさんには中居くんの「デレステでレッツリズム!」

でお馴染みのスマホゲームアイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ(通称デレステの配信が始まった頃でアイマスの長い歴史のほんの数行しか知らないも同然なので、詳しくは語ることが出来ませんが、この記事で少しでも「アイマスって面白そう」と思ってもらえたら泣いて喜びますしその暁にはぜひフレンドになりましょう(満面の笑み)


ここでアイマスの予備知識を少し羅列しておきます。現在、アイドルマスターシリーズにはざっくり分けて5種類の展開があり、

THE IDOLM@STERアイマス
アイドルマスター シンデレラガールズ(デレマス)
アイドルマスター ミリオンライブ!(ミリマス)
アイドルマスター SideM(エムマス)
アイドルマスター シャイニーカラーズ(シャニマス)

それぞれこのように表記され、括弧内の通称で呼ばれています。ちなみに男性アイドルが出てくるのはエムマスのみで、どのシリーズにおいてもわたしたちはプロデューサーの立場で彼ら、彼女らをプロデュースすることになります。この中でアイマスに登場する13人(All Star組・以下AS組)を含むミリマス、デレマス、そしてエムマスは音楽ゲームとして配信されているほか、アニメにもなっているシリーズなので比較的取っ付きやすいはず。

わたしは二次元では女性アイドルにしか興味を持てない特殊な性癖を持っているので、エムマスの音ゲー(エムステ)には残念ながらハマれなかったのですがデレマスの音ゲーであるデレステとミリマスの音ゲーであるミリシタにはまんまとハマりました。それはもう気持ち良いくらい。


ここでアイドルマスターシリーズの最大の利点であり特徴をひとつ紹介します。それは、どのシリーズにおいても
登場するアイドルがすこぶる多いこと

一番新しいシャニマスこそ16人ですが、AS組を合わせたミリマスには52人、エムマスには46人、デレマスにはなんと199人ものアイドルが登場します。それぞれのシリーズに登場するアイドルごとに所属するプロダクションは違いますが、全員合わせたらもはやジャニーズ事務所くらいあるんじゃないでしょうか。

そして、当たり前といえば当たり前ですがそのひとりひとりに個性があり、アイドルを目指すきっかけやなりたいアイドル像といったバックグラウンドがあり、物語があります。これだけアイドルがいるわけですから、じゃにおたのみなさんがジャニーズの中から担当を見付けたときのように、きっとお気に入りのアイドルが見付かるはずだというのがわたしの持論です。


前置きが死ぬほど長くなりましたが、ここからわたしが現在担当しているアイドルを紹介していきたいと思います。

まず1人目ですが、デレマスより
佐藤心(さとうしん)ちゃん。

わたしがアイドルマスターシリーズの中で一番推しているアイドルで、佐藤心の名前から自らを「しゅがーはぁと」と自称し一人称は「はぁと」、さらにはことある事に褒め言葉である「スウィーティー」を多用するビジュアルはめちゃくちゃかわいいのにかなりイタい、個性の権化のようなアイドルです。ちなみにツインテールはトレンドマークのようなものなのですが、なんと26歳です。こんなにかわいいのに26歳って、あんなにかわいいのに35歳になる自担と同じものを感じる。(唐突)

わたしがしゅがーはぁと(以下しゅがは)を推すようになったのは、デレステにおけるしゅがはSSRデレステでの最高レア)の登場がきっかけでした。
まず第一に、ビジュが超好み!!!でした。感覚としては自担Gのコンサートや歌番組でのパフォーマンスを見ているときに、ちらっと映ったバックのJr.に自分の好みどストライクのお顔を持った子がいたような感じ。しかも26歳ってジャニーズJr.だったらそろそろ将来を考え始めるギリでしょ…?

しゅがははそのことも自覚していて、「年齢的に崖っぷち」だと発言したりしながらも自分の目指す「スウィーティーなアイドル」を目指してひたむきに活動しています。スポットライトの当たっている間の彼女は佐藤心ではなく、アイドル・しゅがーはぁとを貫き通しているのです。それを演じている、と言ってしまえばそれまでなのですが、しゅがははアイドルとしての使命を全うしているプロのアイドルだとわたしは思っています。

正直に言うと、年齢という現実に向き合いながらもスポットライトの下では明るく元気にファンに夢を与えてくれるしゅがはに、プロのアイドルである二宮くんを重ねずにいられませんでした。この子をアイドルにしてあげたい、と思ってしまったその瞬間からわたしは彼女の担当になりました。

応援していくうちに、声が付いていなかったしゅがはに素敵な声が付きました。毎年行われるシンデレラガール総選挙で200人近くのアイドルの中でかなりの上位にランクインしました。その流れでユニットではありますが、CDが発売されて、宵乙女というover20のアイドルで結成されたユニットの一員になりました。

中でも[はぁとの嫁入り]というこちらのカードと

デレステ2周年記念の限定アイドルとして登場した[ブリリアント・はぁと]というこのカード(ちなみにわたしはガチャ爆死した)で

トレードマークのツインテールをほどいた姿は、気取らない26歳の大人の女性のそれで、担当を始めて1年でまた新しい可能性を知ることができました。

そして、2018年お正月イベントの報酬カードとして登場した彼女の台詞にこんな台詞があります。

眩しいステージ、ファンの歓声…やっと…。
…だめっ、泣くのは後で♪

そして、

笑って、プロデューサー!笑わなかったら笑わせる☆拒否権?ちらない♪

少しネタバレになってしまうのですが、プロデューサーとはぁとの出会いははぁとがエキストラで参加したドラマの現場です。個性の権化のような彼女の超個性的な立ち居振る舞いにブチ切れた監督につまみ出されたところをプロデューサーが拾うのですが、このときのはぁとはアイドルとしてのスタートラインにも立てていなかった、ただの"アイドルに憧れる26歳"。そこから二人三脚でアイドルしゅがーはぁとを作り上げてきて、このステージに立ったはぁとの台詞。

このステージはお正月イベントという特別感ももちろんありますが、このときしゅがはが一緒に歌ったメンバーはアニメ版シンデレラガールズのメインキャラであるシンデレラプロジェクトのメンバーのうちの4人で、うち3人はアニメ版の主人公と準主人公のような子たちでした。
アイドルに憧れた26歳が、アイドルになって、そんな子たちと肩を並べるところまで来て、憧れた夢の風景に涙しそうになりながらもプロデューサーに対して「笑って、プロデューサー!」と笑いかける。つまり、こんなところまで来ることができた担当アイドルを見て涙しているプロデューサーに、アイドルの天命である「見ている人を笑顔にすること」を果たそうとしている。こんなの泣けるじゃないですか………

ちょっとこのままだと語りすぎそうなので、次いきます次!!(しゅがはのことちょっとでも気になったら気軽に何でも声かけてください……ちなみに今年の総選挙は22位でした……)


2人目はミリシタより、
徳川まつりちゃん

「おっとまた何かキャラの濃そうなヤツが出てきやがった……」と思ったそこのあなた!ご名答!見るからにキャラが濃いこの子も、上記のしゅがは同様、一人称は「まつり」もしくは「姫」というキャラの濃さをお持ちのアイドルちゃんです。ほかにも、挨拶が「はいほー!」だったり語尾が「〜なのです/なのですよ?」だったり、「わんだほー!」「びゅーりほー!」「ぱわほー!」など独特な言語センスで口癖は「ほ?」というまつりワールドを展開している子です。

デレマスよりミリマスのほうが人数は少ないのに、担当を決めるのに苦労したのはミリマスのほうで、馬場このみちゃんや周防桃子ちゃんといったアイドルも気になっていましたし、アニメになっているAS組の中での推しは水瀬伊織ちゃんと高槻やよいちゃんだったので相当迷いました。

そうして迷いに迷ったわたしがまつり姫の担当になった一番の理由は、彼女のプロデューサーだけに見せるギャップという名の素の一面にあります。

自分のことを「姫」と自称する通りお姫様に憧れ、まつり語録を使うマイペースなアイドルであるまつり姫ですが、そのまつり姫はまつりちゃんの描く理想のアイドルであって素の徳川まつりというひとりの女の子ではないのです。

まつりちゃんはとっても気遣いのできる子で、ほかのアイドルのフォローをしてあげたり、周りの状況を見て動くことのできる頭の回転の早い子であることが彼女の登場するストーリーを見ていくうちにわかりました。ですが、そのことについてプロデューサーにお礼を述べられるとまつりちゃんは必ず「ほ?何のことなのです?姫はずっと姫だったのですよ?」とあくまでもその姿がありのままの自分であったのだと、とぼけたりするんですね。でもそのあと、これも必ず「でも、見ていてくれてありがとう」なんていつものまつり語録を使わない、つまり、ひとりの女の子徳川まつりとして発言してくれるんです。それも二人きりのときだけ。

その例として何種類か台詞を紹介したいのですが、ミリシタではまだテキストもカードも少ないので、以下、現在は配信停止になっているGREE版のミリマス(グリマス)から引用していきます。

まずはこちら。

グリマス内でのイベント、「特番!生っすか!?サンデー×50」での一コマ。

まつりちゃんの好きな食べ物は公式プロフィールにはふわふわでかわいいという理由からマシュマロと記載されています。ふわふわ、キラキラ、かわいいはアイドル・まつり姫の三大要素と言っても過言ではないものです。しかし、このイベントで大量のマシュマロを目の前にして涙目になっているカードがあることから「徳川まつり、実はマシュマロが食べられない説」が浮上。それでもまつり姫はアイドルとしてその大量のマシュマロを食べ切ります。これはそんな特番のあとの台詞です。
最後まで貫き通せば嘘じゃなくて本当になるというまつりちゃんのアイドルとしてのスタンスを匂わせる言葉と、心配するプロデューサーに対して述べられる、飾らない感謝の言葉。わたしはこの、まつり姫としての口調がほどける瞬間がたまらなく好きです。


そしてこちら。

SR 5本のバラの花言葉

まつりちゃんは19歳なのですが、花言葉を用いる辺り、少女から大人の女性に変わっていく微妙な時期の儚さがよく表れているように思います。そして、このときのまつりちゃんの一人称は「姫」や「まつり」ではなく「私」。このことから、アイドル・まつり姫ではなく徳川まつりとして「同じ気持ちだよ。」と発言してくれていることがわかります。普段のまつり姫としてのキャラがある分、まつりちゃんはこのへんの感情の伝え方が本当に上手くてドキッとさせてくれます。


最後にこちら。

SR 祭りのあと

学園祭でのステージのあと、教室にプロデューサーと二人きりになったときの台詞です。まつりちゃんにとって「ぶらぼー!」なこととは「まつり姫を見てみんなが楽しんでくれること」に集約されます。プロデューサーからステージの感想を告げられたまつりちゃんは「自分も本当に楽しかった」「みんなが笑顔になってくれてよかった」ではなく「頑張ったかいがあったね。」と言っているわけですが、これはこのカードのスキル名である少女のねぎらいからわかる通り、一緒に頑張ってくれたプロデューサーに対する言葉でもあるのです。

こんなふうに大切なときはちゃんとまつり姫ではなく、徳川まつりとしてプロデューサーに接してくれるまつりちゃんのいじらしさにわたしはめろめろになっています。
それと同時に、わたしが心を奪われたのは、ファンの前だけでなく同輩のアイドルたちの前でもプロデューサーの前でも「まつり姫」というアイドルであろうとする徳川まつりちゃんの姿で、そんなまつりちゃんの描く理想のお姫様である「まつり姫」に彼女がちょっとでも近付けるなら、わたしは何でもしてあげたいと思ってしまったんですね。


ミリマス歴はそんなに長くないので、まつりちゃんについては知らない部分のほうが沢山あるのでここまでに止めておきますが、みなさんお察しの通りわたしはセルフプロデュース力の高いアイドルが好きです。二宮くんもそういうとこある気がしますし、ある種わたしのなりたい自分でもある気がします。


この記事を読んで、アイマスシリーズやしゅがはやまつり姫に興味を持ってもらえたらほんとうに嬉しい限りです。もし、お時間ありましたらアイドルのキラキラな部分だけじゃなく、その裏で悩んだり挫折したりしながら成長していくアイドルの姿を繊細に表現しているアニメのほうもぜひご覧になってください。めちゃくちゃ泣けます。

あなたにも、あの日、あのとき見付けた自担のようにお気に入りのアイドルがきっと見付かるはずです。

【検証】渡海先生、実はオペ室の悪魔じゃない説

お久しぶりですこんにちはこんばんは、みづきです。
全国617万人の二宮担のみなさん、遂に始まりましたね!
日曜劇場「ブラックペアン」!!!

白衣の自担が見たい、自担に罵られたい、自担が煙草を嗜む姿が性癖なので見たい等々、これほどまでに二宮担の夢と希望と血と汗と涙を詰め込んだ医療エンターテインメント、他にないでしょ……という感じ。もちろん作品自体も面白かったし大満足なのですが、なにより大好きな二宮くん演じる渡海先生がまあわたしに似ていて驚きました。(そこ)

いや、正確には、わたしは医者ではないし渡海先生みたく何でも器用にこなせるわけでもないしそれなりに名誉や昇進にだって興味がある、所謂"普通"に近い人間なのだとは思うのだけど、それでも今までの人生を振り返ると「変わってるよね」と言われることが多かった気がするし、なんなら先週振られてしまった2つ上の元彼にだって「今まで出会った人の中で一番クセがある人だなって思った」などと言われたのでたぶんこの自己分析はあながち間違ってないんじゃないかと思っています。なので今回はそんな渡海先生に似ている(?)わたしが行う、渡海先生プレゼンみたいな記事です!!

では早速。


ブラックペアン初回放送を見た直後にこう呟いたのだけど、この渡海先生のモンペみたいな発言は自分の性格に対する言い訳みたいなものでした。

わたしは生まれてこの方一応女の子として生きてきたので、一般的に女の子特有だと言われている、結論のない話で盛り上がるのも、そういう話を何時間も続けるのも、好きだし実際よくやっています。ただそれは、相手に特に伝えたいことがない場合であって、
・伝えたいことが明確にある状態
・時間があまりない状態
このふたつの条件が揃ってしまったら、よく言えば合理的な、悪く言えば直接的な言葉を選んでしまう。それはもうオブラートのオの字もないくらい。


それが重なった結果、わたしは元彼のプライドを傷つけ、挙句振られてしまったというわけです。言うまでもなく、彼を貶したかったわけでも、彼のプライドを傷つけたかったわけでも、彼を落ち込ませたかったわけでもなくて、わたしの認識としては事実をお伝えしただけ。しかも、あのときもっと時間があればオブラートに包んだ柔らかい言葉を選んでいたとも思います。

そうしたいわけではないのにそうさせてしまう原因は、たぶん心理的な焦りもあるけれど熱量の問題なのかなと渡海先生を見ていて感じました。

自分がどこに熱量を注いでいるか。
渡海先生の場合ひとりでも多くの命を救うことで、すなわちそれはひとりでも多くの命を救うための医者を生み出すことに繋がる。
その最短ルートがきっと、万年ヒラの自分より劣っていることを知らしめることによって相手の向上心を刺激することなんだろうと。まあこれを世間一般では煽りと言ったりするんだろうけど。

人間は自分の欠点に自分で気付かなければ本当の意味で変われないとはよく言ったもので、挫折は人間を成長させるとはまさにこのことなのかなあとぼんやり感じました。そうしてプライドを傷つけられたひとは、自分の無力さを感じてそこにいることから逃げる。これまでエリートとして育ってきて、周りの人間より常に優位に立ってきた医者なんてなおさら、自分の抱くプライドと現実の自分の無力さのギャップに耐えられなくなってしまう。

だけど、プライドを保つために医者をしている医者と、ひとりでも多くの患者さんを助けたいと思って医者をしている医者、どちらに命を救われたいかと聞かれたら圧倒的に後者で、そういう志を忘れていない医者のことを「医者の鑑」だと評するんじゃないでしょうか。だから、そんなちっぽけなプライドを捨てて「助けてください」と土下座で頼み込んできた世良先生の熱意を買ったんだと思います。


ひとりでも多くの命を救いたい。

そのためなら土下座することも、必死になって頼み込むことも厭わない。患者の命を救うためにした行動を情けないとは微塵も思わない、そんな世良先生に自分と同じものを感じた。注ぐ熱量が同じだったんですよねきっと。


渡海先生を演じるに当たって、二宮くんがよく言っていた「それぞれの正義」という言葉。渡海先生の正義は純粋に命を救うことで、それは裏も表もない本音。対人関係でもよく言う、大切だから叱る、自分のことを本気で叱ってくれるひとを大切にしなさい、ってこういうことなんですよね。

事実を伝えられて、怒られたと感じるのは自分がそれに気付いているのに、気付かない振りをして逃げてきたことを、改めて直接的に伝えられてしまうとその逃げ道がなくなってしまうから。だから、物理的に逃げた先で怒られたって言うんです。それが、論文も発表していないような万年ヒラの医局員や、学歴も年齢も下の彼女など、一般的に見たときに自分よりも社会的地位の低いひとからならなおさら。


渡海先生にとっては患者、ひいては患者の命を預かる医者が大切で、わたしにとっては彼が大切だったんです。

こういうことを言うと言い訳がましいし未練がましいけれど、決して見下したいわけでもなく、大切だからこそ成長してほしいんです。わたしは渡海先生ではないから本当のところはわからないけど、わたしが誰かを叱るときは自分が嫌われるかもしれない覚悟で、その誰かの成長を願っています。自分に対する評価を犠牲にしてでも、成長して評価されてほしいひとだから。

キツいことを言うのは、嫌われてでも守りたいものが、貫きたい正義があるからです。

自分の評価を犠牲にしてでも目の前の命を救いたいのがきっと渡海征司郎というひとの本質なんです。そういう点で渡海先生は命の重さも大切さも誰よりもわかっていて、命への向き合い方も誰よりも誠意があるひとだなあと思います。

ただ、やり方や言い方が直接的すぎて、合理的すぎて、回りくどいことをしないから傲慢に思えてしまうだけ。渡海先生の呼称であるオペ室の悪魔だって、悪魔と評すことで自分より実力のある渡海先生を認められない周りの医者のちっぽけなプライドがそう呼ばせているだけであって、患者さんにとってはきっと悪魔なんかじゃないのではないでしょうか。

まあ本人は呼称なんてどうでもよくて、ただ「目の前の命を救う」という正義に従っているだけなんでしょうけど。

未来の話なんかしてねぇ
俺は今の話をしてるんだよ!

この台詞に渡海先生が詰め込まれていた気がしています。彼が見ているのは確かに"今目の前にある命"だけです。だけど、だからと言って未来の命を犠牲にするわけではない。未来の命だって、未来の渡海先生の目の前にあるのならそれは彼にとって"今目の前にある命"になるんですから。


ここまで書いたのは、あくまでもわたし個人が抱いた渡海先生への印象です。ただ、この記事を読んで渡海先生ってそんなに悪いひとじゃなのかな?と一瞬でも感じてくれたら、似ているわたしとしては嬉しいです。

あなたにとって渡海先生はどんなひとですか?

私のアイドル・二宮和也くん

今週のお題「私のアイドル」


今週のお題が「私のアイドル」ということだったので、改めて二宮くんのおはなしをします。


このお題で記事を書くにあたって、そもそもわたしにとってアイドルってなんなんだろう?どういう存在なんだろう?と考えたのですが、明確にこれと言った答えは出なくて、まあ、強いて言うなら色々な感情や色々な景色、知らない自分を教えてくれる存在かなあ、と。


さて、わたしがアイドルである二宮くんを語る前に、語らなければならないひとがもうひとりいます。おなじ嵐の櫻井翔くんです。

先日誕生日を迎えた彼は、わたしと嵐を引き合わせてくれた恩人のようなひと。二宮くんを担当する前に担当していたしょうさんもまた、当時小学生だったわたしに色々な感情や色々な景色、知らない自分を教えてくれました。

例えば、誰かを全力で応援することの素晴らしさ。
あらしやしょうさんがいるだけで、毎日がきらきらと輝いて、わたしの気持ちが届くようにとCDやDVDを買ったり番組を見たり。その気持ちに対して、コンサートで「ありがとう」って満面の笑顔で言ってくれるあらしを、しょうさんを見るたびに「全力で応援してきてよかった」って気持ちになった。

例えば、誰かに憧れて何かを頑張る力。
しょうさんに憧れた当時小学生だったわたしは、彼の母校である慶應大学に入るべくそれまで以上に勉強を頑張りました。結局夢半ばに終わってしまったけど、勉強の楽しさを教えてくれたのは間違いなくしょうさんだし、あの日々は決して無駄じゃなかったと思います。

例えば、今まで知らなかった世間の色々。
興味のなかった報道番組も、しょうさんが伝えてくれていたから自分から進んで見るようになったし、そのお陰で時事問題に強くなったし、その習慣は今でも続いています。

例えば、こんなにも誰かを好きになることができる自分。
誰かを好きになるっていうのはこういうことなんだなって心から思わせてくれたのはしょうさんで、ほかの誰よりも世界でいちばんだいすきなひとですって胸を張って言える、初めてのひとでした。


こんなふうに、当時小学6年生だったわたしに沢山の感情を、景色を、自分を教えてくれたのは紛れもなくアイドル・櫻井翔くんでした。今思えば、彼じゃないと知ることができなかったものも沢山あるけれど、それを踏まえて、ここからは今のわたしを支えてくれているアイドル・二宮和也くんについておはなしします。


二宮くんを好きになってまず知ったのは、自分が思っている以上に自分が弱いこと。
少し暗いはなしになるけれど、わたしは中学生の頃、いわゆるいじめを受けていました。その内容は割愛しますが、学校に行きたくなくて、でも行かなくちゃいけなくて、誰にも言えなくて、親にも友達にも先生にも心配かけたくなくて、ずっと強がって黙って、つらくて、でも泣けなくて、自分の存在意義も見失って、何度も何度もいなくなりたいって願ってたんです。

そしたらね、二宮くんが言ってくれたの。

僕らはそんな弱くは無い でも強くもないから
だから泣いていいんだ 恥ずかしい事じゃない
明日がある人しか出来ない事だから 明日への合図だから。

って。弱い自分を認めてしまったら、泣いてしまったら、心配かけてしまうから強くいなくちゃいけないと思っていたわたしに、二宮くんが言ってくれた「泣いていいんだ」。弱くても、泣いてもいいんだよ、って言ってくれてほんとうに救われて。


それと同時に、この二宮くんのソロ曲「どこにでもある唄。」を聴いて、立ち上がれる強さがある自分にも気づくことができた。

ほら息を吸ってはいて。生きている。
一歩一歩 歩いている。ただそれだけでいい…
大丈夫。僕らはずっとここにいるよ。

存在意義を見失ってしまっていたわたしに、生きているだけで、一歩ずつ歩いているだけでいいんだよって、そんな言葉をかけてくれたのは二宮くんで。「ずっとここにいるよ。」と言ってくれる二宮くんに、俯いて止まってないで、立ち上がって歩きだす勇気をもらって、弱いけれど立ち上がることのできるわたしがいることを教えてもらいました。



それから、二宮くんにもわたしと似たような過去があることを知って、そんな二宮くんに、暗い過去があるひとでもそれにとらわれずに輝ける場所がきっとあることを教えてもらいました。
何よりも、画面の向こうで、ステージで誰よりもきらきらと輝いている、誰よりも楽しそうに笑っている二宮くん自身がその証明で、わたしの希望でした。それは今も。

いじめに関して言えば、二宮くんもつらかっただろうな、しんどかっただろうな、悲しくてもう二度とあんな経験したくないだろうなって、勝手に思っていたのだけど、そんなとき彼が「嵐が嫌われるなら、いじめに慣れてる俺が嫌われ役になる」と発言していたのを知って、いじめの被害者は「ひとの痛みをわかってあげられるひと」になれることを知りました。事実としてはとってもつらくて悲しいことでも、その経験からやさしくなる方法を教えてくれたのもまた、二宮くんでした。


あれから7年、わたしの世界で誰よりも輝きを放っているアイドルは変わらず二宮くんです。

二宮くんのことをおもうと、あったかくてやさしくて穏やかなこれまでの思い出たちがあふれてきて、泣けちゃうくらいいとおしくてたまらない。

ずっと変わらない、「自分にできる仕事だからオファーが来ている」っていう二宮くんのお仕事に対するスタンスは、自分に置き換えて新しいことに挑戦するときに何度も思い出すし。

「僕のビューティフルワールドは、この4人と見る、この景色です」と国立競技場の真ん中で語った二宮くんを思い出しては、そんな仲間を持てるように頑張ろうと思えるし。

アカデミー賞を獲ったときのスピーチで、物欲のあんまりない二宮くんが「(最優秀賞が)欲しかった」と言っていたのを珍しいなって思っていたら、後日「賞はファンのみんなや、支えてくれている方のために欲しかった」と一途で語る二宮くんが、あまりにもやさしくてその回を読んではうれしくて何度も泣いたし。

普段は全然素直じゃなくて、本心なんて見せてくれないくせに'08年の24時間テレビでメンバーだけじゃなく、わたしたちに向けても「6人目の嵐のみなさん。大好きです。感謝しています。ありがとう。」って、大切なときはびっくりするくらい素直に気持ちを伝えてくれる二宮くんの姿は、いつも誰よりも、あらしやスタッフさんやファンを想ってくれていて、わたしの誇りです。

何よりも、嵐としてステージに立っている二宮くんが、4人と楽しそうに話している二宮くんが、嵐のはなしをしている二宮くんが、どんなお仕事をしているときより、どんな現場にいるときより、わたしのだいすきな笑顔を浮かべるから、そのたびにまた、泣きたくなるくらいのいとおしさが胸にこみ上げてきます。


これから先、降りかかるかもしれない色々な困難を一緒に越えていきたいとおもえるひと。

そんな困難を越えた先の未来を、一緒に見たいと、一緒に笑い合いたいと、つい願ってしまうひと。

なんなら彼のこの先の未来が、幸せなできごとだけでできていたらいいのにとおもうし、

できることなら、来世も再来世も、あいばさんとじゅんくんと、しょうさんとおおのさんに出会って、あらしになってほしいし、

「これ以上はないから(有機物には生まれかわりたくない)」なんて言う二宮くんに、おこがましいかもしれないけど、これ以上を見せてあげたい、なんて思ってる。


過ごしてきた日々に比例するように増えていく好きの気持ちと、日に日に素敵になっていく、明日にはまた違う顔を見せてくれる二宮くんに、振り回されながらこれからも着いていかせてください。

昨日よりも今日の二宮くんがすきです。
今日よりも明日の二宮くんのほうがもっとすきです。
明日よりも一週間後の二宮くんが、
一週間後よりも一ヶ月後の、一年後の二宮くんが、
今よりずっとだいすきになるんだろうなあ。


小学生の頃、しょうさんに教えてもらったより、もっともっと沢山のだいすきを伝えたくなって、伝えても伝えてもいつまでも追いつかないくらいだいすきな、わたしのアイドル・二宮和也くん。

この先も、色々な感情を知るとき、新しい景色を見るとき、新しい自分を見つけるとき、心の中にいるのが二宮くんでありますように。

全シンメ担にダイマするUB

嵐ライブツアー2017-2018「untitled」大阪公演最終日に参加した、二宮担(にのあい強火担)のわたしがにのあいのユニット曲であるUBについて全シンメ担にダイマします!!!ちなまなくても長い。

コンサート行ったひとみんな言ってるけど、シンメ担でUB見てないひとはマジでシンメ担人生8割損してる。これ割と本気で。そのくらいやばいぞ、UBは。

入所時期がほぼ一緒で同級生、帰り道は同じ総武線に揺られ、Jr.時代はシンメとして一世を風靡していたとかいないとか……な二人。一方は「俺は歌も踊りもできないからデビューできない」と感じ、それに対しもう一方は「デビューできるから」と信じ励まし、結果お互いが助け合うようにして同じグループでデビューするという神様仏様も驚く運命力。

そんな20年以上の付き合いの二人がグループ結成18年目にして作り上げた、友情愛情を超えた超大作、それがこのUBです。

ユニットの組み合わせが発表された時点で二宮くん強火モンペであるわたしが泣いた。あれだけあいばさんにラブコールし続け、地上波(ただのババ抜き)で「俺はお前を信じて、お前と一緒に歩いていきたい!」と発言し、

某動物園番組で犬猫どっちが好き?企画初回ゲストにお呼ばれしたときは「やっぱ相葉くん」と犬派に名を連ね、

自身のラジオでは「あいばくんご飯行ってくれないから俺は湾岸の地縛霊になる」とごねていた二宮坊ちゃんがやっとあいばさんとユニット曲を公式音源で歌えることの重大さたるや……(怖い)



そんな、二人の関係性をユニットバスに例えたUBは、二人を18年見守り続けたメンバーのやさしい語りから始まります。

これは、ある一人の旅人の言葉。
人と人はどうやって出会うのだろう。
街を歩けば人とすれ違うけれど、
それは出会いではない。
必然か?それとも偶然か?

穏やかなしょうさんのやさしい声が響くドーム。
古き良き下町葛飾で生まれ育った二宮くんと千葉の中華屋のせがれである相葉くん、経緯こそ違うけれど、もしジャニーズに入っていなければ。この二人はもしかしたらすれ違うことすらなかったのかもしれません。


そして必然か?偶然か?という問に、潤くんが丁寧にその答えを読み上げます。

出会いにはきっとタイミングがあるんだ。
歯車が噛み合うように。
点と点が線になって交わるように。
それは、とても自然なこととして。
そしてもっと知りたくなるんだ。互いのことを。

しっかりと、噛み締めるように、出会いはタイミングだ、と。歯車や点という表現を用いて語られる出会い。歯車は噛み合わないと作用しないものですし、点は線になって初めて何かを描くことができるもので。この二人の出会いの奇蹟をここで思い知らされます。

共に過ごす時間の中、楽しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、悲しいこと。その中に愛は詰まっている。

二宮くんのやさしい声で語られる、大切なひとと出会った旅人がその時間で学んだ、たくさんの感情。20年も一緒にいれば、色んな場面が過ぎるはずです。だって20年です、赤ちゃんが成人を迎えるまでと同じ年月を過ごして来ているのです。この台本を与えられたとき、二宮くんはきっと相葉くんのことを思っていただろうなあ……(ここで号泣)


二宮くんに続いて相葉くんが愛おしむように語ります。

日常の小さな一つ一つが人をつくっていく。
誰かに影響を受けて知らず知らずに変化していく。
その隣には、あなたがいた。

相葉くんにとって日常の小さな一つ一つを共に過ごし、知らず知らずに影響を受けた、そのひとこそ、きっと二宮くんで。ささいな日常も、変化も二人で受け入れてきたはずです。"その隣には、あなたがいた。"相葉くんの「あなた」は二宮くんなんです。

ありがとう。君といた、全ての奇蹟に。
さあ、次はどんな景色を見ようか。

大野さんのすべてを包み込むような響きが会場を包み込んで始まる、静かで、穏やかで、繊細で、優しい、UBのイントロ。



メインステージをはさんだ対極の花道に、同じ青のタートルネックのニットとジーパンというこれでもかというほどシンプルな衣装に身を包んだ二人が現れます。いわゆるコンサート衣装のような、ギラギラとした装飾なんてこの二人には必要なく、20年を共に過ごした彼らの関係性は、至ってシンプルな衣装や言葉に集約されるんです。

Litsen...

ドームに集まった4万5千人と自分たちに語りかけるように紡がれる、この曲が始まる合図とも取れる二宮くんのこのフレーズ。カメラに抜かれた二宮くんの表情が、穏やかでやさしくてあったかくて、あの一瞬でドームがにのあいだけの世界になりました。二人が20年綴り続けてきた日記帳の表紙を、笑い合いながらそっと開いた瞬間でした。

簡単なことが 見えなくなっていた
カーテンの向こうが遠く感じてる
何考えてんだ いつも無口で
ずっと首伸ばして見てる

巨大なスクリーンに映し出される二人の表情が、どこか懐かしむようで、優しくて柔らかくて、日記帳に綴られた一言一言を丁寧になぞるような歌い方も相まって、それはもう泣けた。あとお互いが見えない位置でお互いのパートを口ずさむにのあいに友情や愛情を超えた信頼関係が伺えて、歌詞に出てくる"We are one"なんだなあ、二人で一つなんだなあって。

本当は知ってんだ 最近の二人は
近くにいることにも 何も感じない
どこに行こうたって 離れられないけど
でも僕らにだって一人になりたいこともある

この曲のやばいところは、終始主観で語られているところなんですよ。登場人物はお風呂とトイレ、ないし二人なのに。人間複数いれば、同じ光景、同じ経験をしても思うこと、感じることは違うはずなのに、「最近の二人は」「何も感じない」し、だけど「僕らにだって」「一人になりたいこともある」と二人分の感情が、ほぼ断定の形で語られる。

しかも、普通に歌うと不仲とも取られるかもしれないこんな歌詞を、堂々と歌うわけです。行間を読めば、つまりにのあいは、この歌詞を歌っても不仲と取られないような関係性なんです。

きっと Need to leave
同じものを見た 時間が長すぎた
We just need to leave
お互いの感情さえ 手に取るようで
付かず離れず今日もまた この部屋の中で

先ほど二人分の感情が断定の形で語られる、と記しましたが、ここでその理由が語られます。「同じものを見た 時間が長すぎた」「お互いの感情さえ 手に取るようで」と。20年は彼らの心をひとつにするには長すぎる年月で、その年月がお互いの感情も手に取るようにさせた、と、"二人"ではなく"一人"として二人が歌う。

いや、どれだけ長く一緒にいるんだって、どれだけ同じ光景を、同じシーンを経験してきたんだって。彼らが付かず離れずで積み重ねてきた経験値が、想像できないほど多くてくらくらする。しかも「一人になりたいこともある」なんて言いながら「今日もまた この部屋の中で」と受け入れているあたり、もうどうしようもないって、二人が二人の運命力に白旗上げてるんですよね。本人たちもびっくりの運命力ですよ。

もう Never leave
当たり前じゃない 今までの日々も
We could never leave
違う二人だって 助け合って行けるよ
付かず離れず今日もまた 隣同士なんだ

これは2サビなのですが、このサビに入る前、対になった花道から引き寄せられるようにセンステに歩いてきた二人の目が初めて合う。そのときの二宮くんの、ちょっと恥ずかしそうな、だけど嬉しそうな表情が忘れられなくて、思い出すだけで泣ける。

二人の運命力で引き寄せたこれまでの毎日が「当たり前じゃない」ことをいちばんわかっているのは、紛れもない本人たち。今まで散々、あるときは親友として、またあるときはメンバーとしていちばん近くで助け合ってきた彼らだからこそ「違う二人だって 助け合って行けるよ」と言えるんです。お互いの優しさも、気配りも、鋭さも、全部いちばんわかっているから、自分じゃない誰かとでも助け合って行けるよって。

だけど結局、今しかないから。今を生きている自分の隣にいるのは、紛れもなく"あなた"だから。「付かず離れず今日もまた 隣同士」なんです。


そうやって綴ってきた日記帳を読み進めた二人に、離れて暮らす計画が舞い込みます。

Oh 僕らが別れて 暮らす計画があるなんて
Oh 戸惑ってるけど 僕らは一つさ

さっきまでサビで、二人で一人の感情を歌っていた、つまり"二人で一つ"だった彼らが、"一つと一つ"という個に、二つになるかもしれない。

だけど「戸惑ってるけど 僕らは一つさ」と二宮くんが歌う。ここ、二宮くんが歌うことに意味があるなあって思います。「歌も踊りもできないから、デビューできない」と嘆いていた二宮くんが、20年の時を経て力強く歌う「僕らは一つさ」。戸惑っていた親友の背中を押す優しくて、頼もしい一言。もう涙が止まりません。


このへんから泣きすぎて記憶あやふやなんですけど、たぶんこのCメロ後の間奏であの話題騒然の常に体の一部をくっつけて踊るなんちゃらダンスってやつが始まるわけです。

が、正直にのあいが絡み合ってる記憶しかない。けど、人間ってあんなに複雑に絡み合えるんだなって思ってしまうくらい、ほんっっっっとうに息がぴったりで、まるでお互いの居る思い出を二人で丁寧に照らし合わせていくみたいでまた泣いた。

「UBやばいと思うから隣で死んでたら屍は京セラに埋めてな!」と母に言っていたのですが、たぶんこのへんで1回埋められた。


そして今までの思い出を散々語り合った二人は、4万5千人のド真ん中で大の字になってそれはもう一点の曇りもない清々しい表情で、高らかに

ほら We are one
離れたとしても 僕らはひとつさ

と歌い上げる。「We are one」「僕らはひとつさ」と、大事なことは2回言うスタイルは全国共通なんですかね。泣かないわけないじゃないですか……もうぐっちゃぐちゃですよ……


そのあと起き上がった二人が固く繋いだ手を掲げながら歌う

そう We are one
肝心なとこで 一緒だって分かる

が更に追い討ちをかけてきます。身長差のせいでちょっと持ち上げられてる二宮くんがなんとも言えないエモさ。こうやって歩いてきたんだなあって。もはやトラウマですよ。泣きすぎて。UBはトラウマ曲ですよ……(めちゃくちゃ褒めてる)


だけどこのあと、あんなに固く繋いだ手を離して別々の方向に歩き出す二人。「離れたとしても 僕らはひとつ」だと知った二人は、"一人と一人"、つまり個として歩みを進めます。

付かず離れず今日もまた 君と並んでいる
Yeah 君のとなり… Uh Yeah Yeah
君と並んでいる

別々の道を歩み始めた二人が、「君と並んでいる」で見つめる先にはもちろんお互いの姿があって。最後、約束のスタンド・バイ・ミーポーズを決めてにこにこと笑い合う二人にまた泣かされて。にのあいにとって「隣同士の君」はずっと二宮くんであり相葉くんなんだろうなって。去り際が潔すぎて、それにも泣きました。


UB、今考えてもやっぱりユニットバスの曲なんです。だけど、そんなこぢんまりした一室に広がっていたのはにのあいという壮大な終わりの見えない宇宙で。

二人の物語はまだまだ続きます。今までそうだったように、これからも、ずっと。付かず離れず、隣同士で。


そんなUBが含まれる「untitled」ぜひ、シンメ担は円盤になったら買ってください……もしくは借りて……嵐ファンに……それで後世に語り継いでください……

あとCD買ってくれ……

「untitled」(通常盤)

「untitled」(通常盤)